うまくいかない日ばかり気にしてしまう夜に、気持ちがふっと軽くなる小さな思考の逃がし方

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    考えすぎて眠れない夜に、なぜか少し楽になる“なるようになる”の受け止め方とひとり時間の過ごし方

    スマホを眺める女性

    最近、Threadsをなんとなく眺めていると、答えをきれいに出す言葉よりも、「あ、今日ちょっとしんどかった」「寝る前って急にいろいろ考えちゃう」みたいな、まだ整理されていない気持ちのほうが妙に目に入ってしまいます。何事も無駄にはならないと書く人もいれば、眠る前は人に言えないことが大きくなるとこぼす人もいて、その揺れたままの言葉に、つい指を止めてしまう夜があります。

    夜の十一時を少し過ぎたくらいだったと思う。

    お風呂に入る前なのに、私はソファに座ったまま、片足だけラグの上に投げ出して、もう片方の足先でスマホの充電コードをくるくる避けながら、ぬるくなったカフェラテを飲んでいました。
    氷はほとんど溶けていて、ミルクの甘いにおいだけがやけに残っていて、エアコンの風がふくらはぎに当たるたび、ああもう動きたくない、っていう、あの感じ。

    仕事の日って、帰ってきた瞬間はまだちゃんとしてるんですよね。
    バッグもいちおう所定の位置に置くし、アクセサリーも外すし、手も洗うし、鏡を見て、今日も顔が疲れてるなって思うところまではわりとスムーズ。
    なのに、そのあとが長い。

    化粧だけ落として、部屋着に着替えて、そこからスマホ。
    ほんの五分のつもりが、気づけば三十分とか一時間とか過ぎていて、見なくても困らない投稿まで見て、誰の役にも立たない比較まで勝手にして、最後にはちょっとだけ自分を嫌いになる、あの流れ。
    あれ、たぶん私だけじゃないですよね。
    いや、私だけだったらちょっと恥ずかしいんだけど。

    その日もそうでした。

    婚活アプリのメッセージが一件来ていて、開くか迷って、いったん閉じて、また開いて、結局返信はしないまま。
    別に嫌な人じゃないんです。
    むしろ文面は丁寧だし、ちゃんとしてる。
    ちゃんとしてる人って、ほんとそれだけで十分すごい。
    でも、ちゃんとしてる人を見ると、こっちの「今日はコンビニのおにぎり二個とプリンで晩ごはん終わりました」みたいな生活が急にうしろめたくなるときがあって、勝手に落ち込む。

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    しかもそういう日に限って、SNSには余裕のある人たちが流れてくる。
    おしゃれな部屋、きれいな朝ごはん、前向きな言葉、恋も仕事もうまく回っていそうな写真。
    もちろん、あれが全部じゃないことくらいわかってるんです。
    わかってるのに、こっちはコンタクトを外しただけの顔でラグの上に転がってるから、比べる材料としてあまりにも不利すぎる。
    いや、せめて眉毛くらい描き直してから落ち込めばいいのに、って、自分でも思う。

    そんなときにふと、「何事もなるようになる」って言葉が頭をよぎることがあります。

    昔はこの言葉、あんまり好きじゃなかったんです。
    投げやりっぽく聞こえることもあったし、うまくいかなかった人が自分をなぐさめるために言う言葉みたいで、ちょっと負けた感じがして。


    私はどちらかというと、なるようになる、より、なんとかする、のほうに寄って生きてきた気がします。
    飲食のときも美容の仕事のときも、現場って待ってくれないじゃないですか。
    誰かが遅れたらその分動くし、お客様の機嫌が少し曇っていたら空気で察して、言葉を選んで、笑顔を足して、その場をなんとか丸くする。
    なるようになる、なんて言ってたら回らない日があることを知ってるから、余計に。

    でも、三十歳になってからなのか、一人暮らしが長くなったからなのか、恋愛が思うように進まない日が増えたからなのか、最近は少しだけ、この言葉の見え方が変わってきました。

    なるようになる、って、全部を諦める言葉じゃなくて、これ以上こじらせないための言葉でもあるのかもしれないな、って。

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    たとえば、送ろうか迷っている一通のLINE。
    文章を打っては消して、やっぱり重いかな、でもここで送らないと薄情かな、いやでも今送って変な空気になったら嫌だな、って、ずっと頭の中で一人会議している時間。
    あの時間って、びっくりするくらい心がすり減る。
    たぶん相手はまだ何もしていないのに、こっちだけ先に三回くらい傷ついてる。
    あれ、何なんでしょうね。
    一人芝居が上手すぎる。

    仕事でも似たようなことがある。
    あの言い方、感じ悪かったかな。
    あの先輩、ちょっと冷たかった気がする。
    私、また空回りしたかな。
    帰り道の信号待ちでそんなことばっかり思い返して、家に着く頃には、事実よりだいぶ大きな出来事に育っている。
    でも次の日、案外ふつうだったりするんですよね。
    昨日あんなに悩んだの、なんだったんだろう、って拍子抜けするくらい、何も起きていないこともある。

    それなのに私は、起きていないことにまでちゃんと疲れてしまう。

    たぶん、真面目なんだと思います。
    ……って書くと聞こえはいいけど、実際は、気にしすぎで、想像力が妙な方向にだけ豊かで、しかも自意識まであるから面倒くさい。
    誰もそこまで見てないのに、自分だけが自分の失敗を拡大して見てる。
    電車でつり革を持ちながら、「さっきの返し、ちょっと変だったかな」って急に思い出して、一人で小さく恥ずかしくなること、ありませんか。
    私はある。かなりある。
    たまに声に出そうになるくらいある。

    そういうときの「何事もなるようになる」は、未来を雑に扱う言葉じゃなくて、今の自分をいったん机の上に戻す言葉なのかもしれません。

    これ以上考えても、今日はもう何も決まらない。
    この時間の自分は、たいていろくな答えを出さない。
    だったら、お風呂に入って、髪を乾かして、保湿だけして、寝る。
    明日の自分に少しだけ預ける。
    そのくらいの手放し方。

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    それでも、全部そう割り切れたら苦労しないんですけどね。

    恋愛なんて特にそう。
    返事が遅いだけで、ああやっぱり私は優先順位が低いのかな、とか。
    このあいだはあんなに楽しかったのに、私だけだったのかな、とか。
    会ってない時間のほうが長いくせに、会ってない時間だけで勝手に話を進めて、勝手にしょんぼりする。
    しかも、そういう自分を「重い女っぽいな」と思ってさらにしょんぼりする。
    忙しい。感情が忙しい。

    友達には平気な顔で、「まあ、なるようになるよね〜」なんて言えたりするんです。
    ちょっと笑いながら。
    でも家に帰ってひとりになると、その“なるようになる”の中身が知りたくてしょうがなくなる。
    なるようになるって、良いほうに?
    それとも、それなりに?
    何も起きないままフェードアウトの可能性も、ふつうに含まれてる?
    だったら私は今、どの顔で待てばいいんだろう、みたいな。

    こういうの、たぶん口に出すと面倒なんですよね。
    だから言わない。
    言わないまま、洗面所の鏡の前でシートマスクをつけて、スマホで動画を見て、たまに再生が頭に入ってこなくなって、ぼーっとする。
    スキンケアしてるのか、現実逃避してるのか、もうわからない夜。

    でも、その“わからない”のまま寝て、朝になると、昨夜ほどは苦しくなかったりもする。

    カーテンのすきまから入る光が思ったより白くて、冷蔵庫を開けたら卵が一個しかなくて、ああ買い物しなきゃ、みたいな現実が先に来る。
    顔を洗って、むくんだまぶたを見て、昨日いろいろ考えてた人とは同一人物と思えないくらい、生活のほうが強い。
    それが少しおかしくて、救われる日がある。

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    なるようになる、って、未来への信頼というより、生活への信頼なのかもしれないなと思うことがあります。

    そんな立派なものじゃなくて、時間が過ぎることとか、朝が来ることとか、お腹が空くこととか、洗濯物がたまることとか。
    どれだけ気持ちがこんがらがっていても、現実は淡々と続いていく。
    その淡々としたものに、気持ちのほうが少しずつ引っ張られて、昨夜の自分を置いていくことがある。

    Threadsを見ていても、きれいな答えより、まだ途中の言葉に人が立ち止まっている感じがして、ああみんな、ちゃんと揺れながら生きてるんだなと思わされます。
    何かを完璧に乗り越えた人の話より、まだ少し引きずってる人のひと言のほうが、妙に頭に残る夜がある。

    だから私は最近、「何事もなるようになる」を、前向きな魔法の言葉としてはあまり使っていません。
    どちらかというと、考えすぎて熱を持った頭を少し冷ますための、ぬるいタオルみたいな感じ。
    元気づけるにはちょっと弱いし、答えとしては頼りない。
    でも、夜中の自分にはそのくらいがちょうどいいときがある。

    無理に希望を持たせるでもなく、かといって突き放すでもなく、
    まあ今日はここまで考えたし、もういいんじゃない、という、あの感じ。

    本当は、ちゃんと全部に意味があってほしいんですよ。
    失敗した恋も、空回りした会話も、返しそびれたメッセージも、なんかもうやたら食べてしまった夜も。
    全部きれいにつながって、「ほらね、必要な遠回りだったでしょう」みたいに回収されてほしい。
    そんなドラマみたいなことを、心のどこかではまだ期待してる。

    でも現実は、回収されないことも多い。
    何にもならなかった出来事もあるし、ただ気まずかっただけの日もあるし、なんであんなに悩んだんだろうで終わる夜もある。
    それでも、あとから思い出すと、不思議とゼロではないんですよね。
    少しだけ強くなったとか、少しだけ笑い話になったとか、次はあそこまで無理しないでおこうとか。
    ものすごく前向きな学び、みたいに言うと嘘っぽくなるけど、何かのかすは残ってる。
    鍋の底のおこげみたいに。
    きれいではないけど、消えてはいない感じ。

    だから、今うまく言えないこととか、まだ意味がわからないこととか、答えの出ていない気持ちって、そんなに急いで片づけなくてもいいのかな、と思ったりします。

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    仕事でちょっと気まずかった日。
    恋愛で勝手に期待して、勝手にへこんだ日。
    友達の何気ない一言に妙に引っかかって、自分の心の狭さにがっかりした日。
    そういう日の気持ちを、すぐに“教訓”にしなくてもいいのかもしれない。

    あのときの私は何を守りたかったんだろうとか、
    何がそんなに恥ずかしかったんだろうとか、
    どうしてあんなに、先のことを決めたがったんだろうとか。

    考えてもはっきりしないまま、日付だけ変わっていく夜もあるけど、
    それでも朝になると、メイクはしなきゃいけないし、駅まで歩くし、接客ではちゃんと笑うし、途中でコンビニに寄って新しいリップでも見れば少し機嫌が戻ったりする。
    私たちは案外、そういう細いもので今日をつないでいく。

    “なるようになる”の“なるよう”って、もしかしたら運命とか大きな流れじゃなくて、そういう細い一日の積み重ねのことなのかな。

    ……なんてことを、ぬるくなったカフェラテを飲みながら思ったりしました。
    結局その夜、婚活アプリの返信はしないまま寝て、次の日のお昼休みに短く返しました。
    それで何かが劇的に変わったわけじゃないです。
    ただ、夜に出すより少しだけ、自分に無理がなかった気がしたんです。

    何事もなるようになる、って言葉を信じたい日もあれば、
    いや、ならなかったらどうするの、って思う日もある。
    そのどっちもあるまま、今日もたぶん過ぎていくんだろうなと思います。

    もしかしたら、なるようになる、じゃなくて、
    なってしまったものをあとから自分の中でそっと受け取れるようになる、
    そのくらいの話なのかもしれませんね。

    今夜、眠る前にまた余計なことを考えてしまったとしても、
    その続きは、明日の光の中で見るほうが少しだけやさしいのかもしれません。

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