マルチコスメに疲れた夜、ちゃんとしてる人をやめたくなった帰宅後の静かな本音

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    メイクポーチが軽くなるほど、なぜか心が少し重くなる夜があります

    くつろぐ女性

    2026年5月30日、暦のうえでは小満のころです。草木がぐんぐん伸びて、紫陽花のつぼみも少しずつ色を含みはじめる季節です。昼間は汗ばむのに、夜になると窓のすき間から入る風がまだ少しだけ冷たくて、初夏なのか梅雨前なのか、心までどっちつかずになる時期です。

    最近、メイクポーチを軽くしたいと思うことが増えました。

    リップにもチークにも使えるコスメ、下地にも日焼け止めにもなるクリーム、眉にも影にも使えるパレット。ひとつで何役もこなしてくれるものを見ると、便利そうだなと思います。朝の時間は短いですし、通勤バッグは重いですし、化粧直しのたびにポーチの中をガサガサ探す自分にも、そろそろ飽きてきます。

    でも不思議です。

    ポーチを軽くしようとしているだけなのに、なぜか「私ももっと効率よく生きなきゃ」と言われているような気持ちになることがあります。

    ひとつで何役もできるコスメはかわいいです。便利です。助かります。なのに、夜中に洗面台の前でそれを見ていると、ふと、自分も同じように何役も求められている気がしてしまうのです。

    仕事ではちゃんとしている人。
    友達には聞き上手な人。
    恋愛では重すぎない人。
    家族には心配をかけない人。
    SNSではそれなりに楽しそうな人。
    ひとりの部屋では、何もできないままスマホを見ている人。

    メイクポーチの中身より、私の役割のほうが多すぎるのかもしれません。

    朝のポーチは軽いのに、出勤前の心だけが重たい日があります

    朝、鏡の前に立つ時間は、そんなに長くありません。

    洗顔をして、化粧水をつけて、日焼け止めを塗って、下地をのばして、眉を描いて、リップを塗ります。慣れているはずの流れなのに、なぜか手が止まる日があります。

    今日は誰にも会いたくないな。
    でも、ちゃんとした顔で行かなきゃな。
    元気そうに見えたほうがいいよな。
    疲れていると思われたくないな。

    そんなことを考えながら、顔の上に少しずつ「社会に出るための私」を作っていきます。

    30代になると、すっぴんでいることよりも、疲れて見えることのほうが怖い日があります。肌がどうこうというより、「余裕がなさそう」と思われるのが怖いのです。

    本当は、余裕なんて毎日あるわけではありません。

    洗濯物はたたまずに椅子に積んであります。冷蔵庫の中には、いつ買ったか忘れた小袋の調味料があります。昨日の夜は、ちゃんとお風呂に入る前にベッドへ倒れ込み、結局スマホを見ながら寝落ちしました。

    それでも朝になると、眉を描きます。

    たぶん眉は、顔のパーツというより「私は今日も大丈夫です」という小さな看板なのだと思います。

    そしてリップを塗ります。血色を足すというより、「話しかけられても平気です」という合図のように塗ります。

    メイクは楽しいものです。気分を上げてくれるものです。けれど同時に、私たちはメイクで少しだけ自分を守っているのかもしれません。

    ポーチを軽くしたいのは、荷物を減らしたいからだけではありません。

    朝の自分にかけるプレッシャーを、少しだけ軽くしたいからです。

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    ひとつで何役もできるものに惹かれるのは、私たちが少し疲れているからです

    リップにもチークにもなるコスメを見ると、なんだか安心します。

    これひとつでいい。
    これだけ持っていれば大丈夫。
    忘れ物をしても何とかなる。

    その感覚が、30代の心にちょうどよく刺さるのだと思います。

    若いころは、ポーチにたくさん入っていることが楽しかったです。新作のアイシャドウ、限定のリップ、香りつきのハンドクリーム。持っているだけで気分が上がりました。

    でも今は、少し違います。

    かわいいものは好きです。新しいものも気になります。けれど、それ以上に「管理できる量で暮らしたい」と思うようになりました。

    人間関係も、服も、コスメも、予定も、アプリも、サブスクも、増やすのは簡単です。減らすほうが難しいです。

    恋愛も似ています。

    誰かと出会いたい気持ちはあります。大切にされたい気持ちもあります。でも、相手に合わせて生活のリズムが崩れるのは少し怖いです。LINEの通知ひとつで気分が上がったり落ちたりする自分も、正直ちょっと面倒です。

    好きな人ができると、生活が色づきます。
    でも、生活が乱れることもあります。

    だから私たちは、恋愛にもコスメにも「ちょうどよさ」を求めているのかもしれません。

    濃すぎない。
    重すぎない。
    でも、ちゃんと私をきれいに見せてくれる。
    できれば、私の毎日を邪魔しない。

    そんな都合のいいものを探してしまいます。

    でも、それはわがままではないと思います。

    もう十分、いろいろ頑張っているからです。

    朝の満員電車で表情を消して、職場では笑って、帰り道にはスーパーの値札を見て小さくため息をついて、夜には「このままでいいのかな」と検索してしまう。そんな毎日を送っている人が、せめてメイクくらい簡単にしたいと思うのは、かなり自然なことです。

    ひとつで何役もできるコスメに惹かれるのは、ズボラだからではありません。

    もうこれ以上、自分を細かく分けて使いたくないからです。

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    ポーチを軽くした夜、最後に残ったのはコスメではなく昔の自分でした

    その夜、私は急にメイクポーチの中身を全部出しました。

    テーブルの上に、リップ、コンシーラー、アイライナー、使いかけのクリーム、いつ入れたか分からない試供品が並びました。まるで小さな人生の棚卸しみたいでした。

    これはまだ使う。
    これは色が似合わない。
    これは高かったから捨てにくい。
    これは元彼と会う前に買ったやつだから、なんとなく見たくない。

    そうやって分けていたら、ポーチの底から、小さな紙が出てきました。

    レシートかなと思いました。

    でも違いました。

    それは、数年前に自分で書いたメモでした。

    「ちゃんとしすぎなくても、たぶん嫌われない」

    一瞬、手が止まりました。

    いつ書いたのか、なぜポーチに入れたのか、まったく覚えていませんでした。たぶん当時の私は、仕事か恋愛か人間関係か、何かに疲れていたのだと思います。そして未来の自分に向けて、こっそりお守りみたいに入れていたのだと思います。

    びっくりしました。

    私はずっと、今の自分が過去の自分を支えていると思っていました。いろいろ経験して、少し大人になって、昔より強くなったと思っていました。

    でも本当は逆でした。

    あの日の弱かった私が、今日の私を助けてくれたのです。

    ポーチを軽くするつもりで開けたのに、最後に見つけたのは、捨てるコスメではなく、昔の自分からの手紙でした。

    そのメモを見たら、急に涙が出そうになりました。

    ちゃんとしすぎなくても、たぶん嫌われない。

    この言葉を、私は何年も忘れていました。

    ポーチの中には、きれいになるためのものだけが入っていると思っていました。でも本当は、外に出るための勇気や、誰かに会うための覚悟や、自分を嫌いにならないための小さな工夫も入っていたのかもしれません。

    だから、全部を捨てなくていいのだと思います。

    軽くすることは、何も持たないことではありません。
    今の自分に必要なものだけを、ちゃんと選び直すことです。

    リップは一本でいい日もあります。
    でも、どうしても心細い日は二本持ってもいいです。
    マルチに使えるコスメに頼ってもいいです。
    何役もこなせない日は、何役もこなさなくていいです。

    2026年5月30日の夜、私はポーチを少しだけ軽くしました。

    でも、あのメモだけは戻しました。

    たぶん明日の朝も、私は眉を描きます。リップも塗ります。きっとまた、ちゃんとしているふりをして外に出ます。

    けれど、ポーチの底にはもう一人の私がいます。

    「ちゃんとしすぎなくても、たぶん嫌われない」

    そう言ってくれる昔の私を連れていると思うと、明日の朝のメイクは、少しだけやさしい時間になりそうです。

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