スポーティな服が好きなのに、婚活の日だけクローゼットの奥にしまってしまう私たちへ

「動きやすい服」が好きなのに、なぜか恋愛になると着られなくなる
6月も終わりに近づいてきました。
昼間は真夏のような暑さなのに、夜になると少しだけ風が優しくなります。
そんな帰り道、コンビニのガラスに映った自分を見て、ふと思いました。
今日の私は、なんだか私らしくなかったな、と。
私はスポーティな服が好きです。
キャップも好きですし、ナイロン素材のバッグも好きです。
スニーカーで歩く休日は最高です。
美容業界で働いていた頃も、仕事終わりにそのままカフェへ行けるような、肩の力が抜けた服装が好きでした。
でも婚活の日だけは違いました。
ワンピース。
揺れるスカート。
華奢なサンダル。
少しだけ巻いた髪。
もちろん嫌いではありません。
だけど正直に言うと、どこか演じている感覚もありました。
婚活アプリのプロフィール写真もそうです。
本当はキャップ姿で友人と笑っている写真のほうが私らしいのに、選んだのは女性らしく見える写真でした。
なぜでしょう。
答えは簡単です。
好かれたかったからです。
そして30代になると、その気持ちは20代より少し切実になります。
失敗したくない。
遠回りしたくない。
だから「正解」を探してしまいます。
でも、その正解探しが少しだけ苦しくなる夜があります。
スポーティな服を着ると恋愛対象から外れる気がしていた
ある日、婚活イベントで知り合った男性と話していました。
彼はこう言いました。
「休日はどんな服装なんですか?」
私は少し考えてから答えました。
「結構スポーティですよ」
すると彼は笑いながら言いました。
「意外ですね」
その一言が妙に引っかかりました。
意外。
つまり私は無意識に「女性らしく見える自分」を見せていたのです。
帰宅してクローゼットを開けると、そこには本当の私がいました。
お気に入りのスニーカー。
スポーツブランドのパーカー。
少し色あせたキャップ。
私はそれらが大好きです。
なのに恋愛の場では隠していました。
もしかすると多くの30代女性も同じかもしれません。
恋愛市場で評価される服。
モテると言われる服。
女性らしいと言われる服。
そのどれかを選び続けているうちに、本当に好きな服が分からなくなってしまうことがあります。
SNSを見ると「男性受けコーデ」が溢れています。
でも不思議です。
人生を一緒に歩く相手を探しているのに、自分らしさだけは隠してしまうのです。
それって少し寂しいことかもしれません。
本当に相性がいい人は、スポーティな私を好きになってくれる
30代になって感じることがあります。
恋愛は加点方式ではなく減点されない関係のほうが長続きするということです。
無理に盛らない。
背伸びしない。
演じない。
若い頃は魅力を足そうとしていました。
でも今は違います。
疲れない関係がほしい。
自然体で笑える関係がほしい。
だから最近は婚活の服選びも少し変わりました。
もちろん清潔感は大切です。
TPOもあります。
だけど好きなテイストは残します。
スニーカーを履く日もあります。
スポーティな要素を取り入れる日もあります。
なぜなら、そのほうが会話も自然になるからです。
「そのスニーカー好きなんですか?」
そんな一言から趣味の話が広がることもあります。
服は単なる見た目ではありません。
自分の価値観を伝える言葉でもあります。
私は最近そう思うようになりました。
誰かに好かれるための服ではなく、自分を説明するための服。
それが30代のファッションなのかもしれません。
そして最後に気づいた。私が隠していたのは服ではなく、自分自身だった
ここで少しだけ驚いた話をします。
私は長い間、
「スポーティな服だからモテない」
と思っていました。
でも違いました。
本当に隠していたのは服ではなかったのです。
ある男性と何度か食事を重ねたときのこと。
その日は休日で、私は完全にいつもの格好でした。
キャップ。
スニーカー。
オーバーサイズのトップス。
婚活では絶対に着なかった服装です。
すると彼は言いました。
「今日のほうが楽しそうですね」
一瞬、言葉を失いました。
女性らしい服を着ていたときより。
頑張っていたときより。
飾っていたときより。
素の私のほうが魅力的に見えていたのです。
その瞬間、少し泣きそうになりました。
ああ、私は服を隠していたんじゃない。
本当の自分を隠していたんだ。
そう気づいたからです。
スポーティな服が好きなら、それでいい。
キャップが好きなら、それでいい。
スニーカーでたくさん歩きたいなら、それでいい。
誰かに好かれるために人生を変えるより、自分を好きでいられる人生のほうがずっと大切です。
30代になると、どうしても「選ばれること」を考えてしまいます。
でも本当に大切なのは、「選ばれた後も幸せでいられること」なのかもしれません。
だから今日も私はお気に入りのスニーカーを履きます。
恋愛のためじゃなく。
未来の誰かに好かれるためでもなく。
今の私が、私自身を好きでいるために。
そんな小さな選択を重ねながら、今年の夏も過ごしていきたいと思っています。





