
夕方六時半、スーパーで買ったサーモンのお寿司を冷蔵庫に入れたまま、私はダイニングテーブルに肘をついてスマホを眺めていた。
窓の外では、向かいのマンションのベランダに干された白いシャツが、湿った風にゆっくり揺れている。
エアコンをつけるほどでもないけれど、消すと首の後ろが少しべたつく、そんな中途半端な夜だった。
スマホの画面には「アロベビー 葉酸サプリ」の文字。
いや、待って。
結婚どころか、次のデートの日さえ決まっていない。
自分で検索しておきながら、私は小さく笑った。
順番が、ずいぶん元気よく前後している。
婚活をしていると、まだ何も始まっていないのに、その先の暮らしだけが急に近づいてくる夜がある。
葉酸という言葉が、急に自分の話に聞こえた
その日の昼、昔の職場の友人から赤ちゃんの写真が送られてきた。
「昨日、やっと三時間続けて寝てくれた」
メッセージのあとに、眠そうな顔の赤ちゃんと、ほとんどすっぴんの友人が写っていた。
私は「かわいい」と打って、ハートのスタンプを三つ押した。
本当にかわいかったし、友人の顔も懐かしかった。
それなのに、トーク画面を閉じたあと、胸の奥に残ったものをうまく説明できなかった。
羨ましい、と言うと少し違う。
焦っている、と認めるのも悔しい。
私だって、今の一人暮らしが嫌いではない。
休日に誰にも起こされず、午前十時を過ぎても布団の中で動画を見ていられる生活には、かなり深い愛着がある。
冷蔵庫のプリンに名前を書かなくても勝手に食べられることはないし、お風呂のお湯を抜いた、抜いていないで揉めることもない。
トイレットペーパーを交換したのに芯だけ置かれている、という小さな怒りとも無縁だ。
まあ、その代わり、ゴミ出しも電球交換も全部自分なのだけれど。
それでも、赤ちゃんの写真を見た日の夜だけは、検索履歴がやけに未来志向になる。
「妊活 何歳から」
「妊娠前 準備」
「葉酸 いつから」
検索窓に文字を入れているところを誰かに後ろから見られたら、たぶん私は光の速さで画面を閉じる。
相手もいないのに何を準備しているの、と笑われそうで。
まあ、その「相手もいない」がいちばん刺さるわけだけれど。
葉酸は、妊娠がわかってから飲むものだと思っていた。
けれど商品ページを読んでいると、アロベビーの葉酸サプリは妊活中から妊娠中、授乳中までの栄養補給を想定して作られていて、モノグルタミン酸型葉酸のほか、鉄やカルシウム、ビタミン、ミネラル、DHA、乳酸菌なども配合されているらしい。
内容量は一袋120粒で、一日四粒が目安と書かれていた。
四粒。
数字だけ見ると、それほど多くない気もする。
でも、毎日となると地味に忘れそうでもある。
私は美容サプリを買った最初の一週間だけ、やたら丁寧に水を用意するタイプだ。
二週目になるとキッチンに置き忘れ、三週目には、
「今日は野菜を食べたから、まあいいか」
という謎の理論が始まる。
過去の私によって、現在の私の信用はかなり低く設定されている。
妊娠期栄養量不足分を100%満たす【ALOBABY葉酸サプリ】まだ何者でもない自分が、少し恥ずかしかった
アロベビーという名前には、赤ちゃんの肌に使うローションの印象があった。
淡い色のボトル。
清潔そうな洗面台。
柔らかいタオル。
腕の中で眠る赤ちゃん。
私の部屋にあるのは、洗濯してもなぜか端がくるんと丸まるタオルと、ドラッグストアでもらった景品のマグカップと、賞味期限が二日過ぎたヨーグルトだ。
暮らしの画角が違いすぎる。
公式サイトなどの商品情報には、葉酸400マイクログラム、鉄15ミリグラム、カルシウム230ミリグラムなどの表示があり、小粒で無味無臭として紹介されていた。
食物アレルギーがある場合は原材料を確認し、薬を飲んでいる人や通院中の人は医師に相談するよう注意書きもある。
こういう説明を読むと、急に背筋が伸びる。
美容液なら、
「毛穴にいいらしい」
で買えるのに、葉酸サプリになると、たった一袋の向こうに自分だけではない誰かの存在がちらつく。
まだ顔も名前もないし、その前に結婚できるかどうかも不明なのに。
未来というのは、予定が決まった人にだけ来るものではないらしい。
予定表が真っ白な人のところにも、検索結果の広告みたいに急に現れる。
先月会った男性は、話し方が穏やかで、コーヒーを飲むときに小指が少し立っていた。
そこまで嫌ではなかったけれど、好きかと聞かれたら、返事に三秒くらいかかる。
帰り際に、
「また予定を見て連絡します」
と言われて、私は、
「はい、ぜひ」
と笑った。
あれから二週間、連絡はない。
彼の「予定」は、ずいぶん広い場所まで見に行っているらしい。
そんな状態で葉酸サプリの商品ページを開いている自分は、ちょっと滑稽だった。
婚活アプリでは、返事が来ない相手のプロフィールを何度も見ないように我慢しているのに、妊娠前の栄養については熱心に読んでいる。
順番を守って生きてきたつもりなのに、気持ちだけが勝手に先へ行く。
でも、ほんの少しだけ思った。
誰かと出会えてから、自分の体のことを急に考え始めるより、今のうちに知っておくのも悪くないのかもしれない、と。
そう思った直後に、
「いやいや、まだ二回目のデートすら決まっていませんけど」
と、自分で自分にツッコミを入れた。
この往復を、私はたぶん一晩に十五回くらいしている。
赤ちゃんのためにたっぷりの栄養を【ALOBABY葉酸サプリ】「いつか」のために何かを買うことが、少し怖い
買い物かごに入れるところまでは、すぐだった。
ボタンを押せば、部屋に届く。
それだけのことなのに、私は注文画面を閉じたり、また開いたりした。
葉酸サプリを買うことが、妊娠を急ぐ宣言のように感じられたからだ。
もちろん、誰にも見られない。
宅配便の人だって、中身まで気にしない。
それでも私は、まだ起きてもいない未来に期待している自分を、自分自身に見つかるのが少し恥ずかしかった。
期待すると、だめだったときに痛い。
婚活を始めてから、私はそれを何度か覚えた。
いい人かもしれないと思った相手が、三日後には別の人と真剣交際になっていたり、会う前は毎晩メッセージをくれた人が、実際に会った翌日から急に句読点しか送ってこなくなったり。
「今日はありがとうございました。」
あの丸い句点の冷たさを、私はまだ覚えている。
だから、未来に関係するものを買うとき、少し身構える。
白いワンピースを買うときも、
「これ、両家の顔合わせにも着られるかも」
と一瞬考えて、すぐにその考えを打ち消した。
食器を二枚セットで見ると、必要ないのに立ち止まってしまう。
スーパーで二人分の鍋つゆを見て、ひとりなら二日食べればいいだけなのに、なぜか寂しい商品みたいに感じる。
誰にも言っていないけれど、私はときどき、自分の暮らしの中に「もう一人分」の余白があるか確かめている。
クローゼットはいっぱい。
洗面台もいっぱい。
ベッドはセミダブルだけれど、真ん中に寝る癖がついている。
余白、ほぼなし。
未来より先に、収納をどうにかしたほうがよさそうだ。
アロベビーの葉酸サプリは、公式ページでは通常購入と定期便が案内されていて、定期便には初回価格や二回目以降の割引、返金保証などの条件が記載されていた。
価格や契約条件は変わることもありそうなので、申し込むなら注文画面をちゃんと読んでおきたい。
定期便という言葉にも、私は少し弱い。
「続ける人」になれる感じがするから。
毎月届く化粧水。
毎週通うピラティス。
毎朝飲む白湯。
申し込む瞬間の私は、だいたい生活が整った人の顔をしている。
現実は、白湯を作る前にコーヒーを飲み、ピラティスの日に限って残業し、定期便の箱を開けないまま次の箱を受け取る。
未来の自分に期待しすぎる癖は、恋愛だけではない。
それでも、葉酸サプリを眺めていた夜は、いつもの美容サプリとは少し違った。
きれいになりたい。
痩せたい。
疲れて見られたくない。
そういう気持ちのもう少し奥に、いつか誰かを迎えられる自分でいたい、という感情があった。
母親になりたい、と強く言い切れるほど、私はまだ覚悟ができていない。
子どもがいない人生を否定したいわけでもない。
仕事も続けたいし、一人の時間も欲しい。
夜中に好きなドラマを三話続けて見たい。
赤ちゃんの泣き声で起きる生活を想像すると、愛おしいより先に、
「私、寝不足にものすごく弱いけど大丈夫かな」
が出てくる。
友人には言えない。
母にも言いにくい。
婚活相手には、もっと言えない。
プロフィール欄の「子どもは希望する」にチェックをつけているのに、その希望の中身は、こんなに頼りない。
赤ちゃんのためにたっぷりの栄養を【アロベビー葉酸サプリ】体の準備と、心の準備は同じ速さでは進まない
夜九時を過ぎて、冷蔵庫のサーモンは少し乾いていた。
醤油をつけすぎて、わさびが鼻に抜けた。
涙が出て、何に泣いているのかわからなくなりそうだったので、私は慌てて麦茶を飲んだ。
葉酸サプリを調べていると、体は年齢と一緒に進んでいくのに、心は好きな場所で立ち止まっているのだと感じる。
二十代の頃は、三十歳になれば自然に結婚していると思っていた。
相手がいて、指輪を選んで、少し狭い部屋に二人で住んで、そのうち子どものことを話し合う。
そんな順番を、誰に教えられたわけでもないのに信じていた。
実際の三十歳は、マッチングアプリの通知を気にしながら、ひとりでサーモン寿司を食べ、葉酸の種類を比較している。
思っていたより自由で、思っていたより心細い。
でも、全部が間違っているとも思えない。
結婚が決まってから調べる人もいる。
妊娠がわかってから知る人もいる。
私のように、まだ何もない夜に検索して、そっと閉じる人もいるのだろう。
アロベビーのページには、妊活中、妊娠中、授乳中という言葉が並んでいた。
そこに「婚活中」はない。
当たり前なのだけれど、その一歩手前で立ち止まっている人間には、その並びが少しまぶしい。
妊活中と名乗るには、相手が必要な気がする。
けれど、自分の体について知ることに、誰かの許可はいらない気もする。
この二つの気持ちの間で、私はまだ揺れている。
葉酸サプリを飲んだから、未来が決まるわけではない。
飲まなかったから、何かを諦めたことになるわけでもない。
そんなことはわかっている。
わかっているのに、買い物かごに入った一袋が、ただのサプリより少し重たく見える。
元気な赤ちゃんのためにたっぷりの栄養を【アロベビー葉酸サプリ】私は、何に備えようとしているのだろう
翌朝、カーテンの隙間から細い光が入っていた。
昨夜の検索画面は閉じたはずなのに、スマホを開くと広告に葉酸サプリが出てきた。
インターネットは、人の迷いを忘れてくれない。
私は笑ってしまい、ベッドの上で髪をひとつに結んだ。
鏡に映った顔は、未来に備えている人というより、枕の跡を頬につけたまま出勤時間を計算している人だった。
それでも、洗面台の前でふと、お腹に手を置いてみた。
何もない。
何も決まっていない。
静かすぎるくらい静かな朝だった。
葉酸サプリを買うかどうかよりも、私は、自分がいつか望むかもしれない暮らしを、恥ずかしがらずに想像できるのだろうか。
結婚したいと言いながら、一人の生活を手放すのが怖い。
子どもが欲しいかもしれないと言いながら、母親になる自信はない。
体のことを考えたいのに、調べるほど時間を意識してしまう。
この気持ちは、どこからが準備で、どこからが焦りなのだろう。
注文画面には、まだ商品が一つ入ったままだ。
消す理由も、押す理由も、今の私には同じくらいある。
窓の外で、ゴミ収集車の音が近づいてきた。
私はスマホを伏せて、少しぬるくなったコーヒーを飲んだ。
元気な赤ちゃんのためにたっぷりの栄養を【ALOBABY葉酸サプリ】




