彼が、自分との結婚を考えてくれているか解らない……

今日、帰り道のコンビニの前で、風がちょっとだけ強かった。いつもは自転車置き場の端っこで、みんなが急いで袋をガサガサさせているのに、今日は妙に静かで、レジの「ピッ」という音だけが浮いて聞こえた。仕事終わりの時間帯って、街が一斉に「おつかれ」へ向かうから、空気が薄く甘い。
疲れてるのに、どこか浮かれてるみたいな、あの感じ。
私はアイスと小さなサラダを買って、ついでに彼の好きな缶コーヒーも手に取った。別に今夜会う予定があるわけでもないのに。自分でもちょっと笑える。会うかもしれない未来に先回りして、手を動かしてしまう。そういう癖、治らない。
部屋に着いて、暖房を入れて、マフラーをソファに放った。お湯を沸かす前にスマホを覗いたら、彼からの返信が来ていた。
「今週末、実家行くかも。親がちょっとさ」
短い一文。ふつうの近況報告。ふつうなら「そっか、気をつけてね」で終わる話。なのに、私はその文の行間に、勝手に“結婚”を探してしまった。
たとえば、実家の話が出るとき。家族の話が出るとき。将来の話が少しだけ見えそうになるとき。
その瞬間に、私はいつも心の中で小さなメモを取ってしまう。
「今のは前向き?」
「私のこと、考えてる?」
「もしや、何か進む?」
まるで恋がテストみたいで、いやだなって思う。好きなのに。好きだから、こうなる。
私たちは付き合って一年ちょっと。週に一回会えたらいい方で、平日はそれぞれの生活がある。彼は仕事の波が激しくて、疲れた顔のときは「今日は早く寝たい」と言う。私はそれを責めないようにしている。責めたくないというより、責めたところで何も変わらないのを知っているから。
でも、責めないと決めた分だけ、モヤっとした気持ちの置き場がなくなる。置き場がないから、心の中で“結婚”という大きな箱を勝手に作って、そこに全部放り込んでしまう。
私は今日、湯気の立つカップの前で、ふと自分がこわくなった。
彼の返信の、たった一行にこんなに揺れている。
私、いま何に怯えてるんだろう。
たぶん、答えは単純で、みんなが言うようなやつだ。
「ちゃんと話し合えばいい」
「不安なら聞けばいい」
「察してほしいは無理」
そういう正しさが、頭の中で行進している。
うん、わかる。わかるんだけど、今日の私は、その正しさの前で立ち止まってしまった。
彼に「結婚、考えてる?」って聞くのが怖い。
聞いて、もし「まだ全然」と返ってきたら、私はどんな顔をすればいいんだろう。
聞いて、もし「うーん…」と濁されたら、その“うーん”は何を意味するんだろう。
聞いて、もし「もちろん」と言われたとしても、私はそれを信じきれるんだろうか。
質問って、答えが出るだけじゃなくて、自分の弱さまで露呈するから、怖い。
それに、彼は嘘をつく人じゃない。だからこそ、聞きたくない。
彼の言葉が真っ直ぐすぎて、私の期待を切り落としてしまう可能性がある。
私は自分の期待を、ちゃんと扱える自信がない。
“いつか”の置き場所

最近、彼は「いつか一緒に住めたらいいね」とは言う。
言うけど、その“いつか”は、いつでも伸びる。ガムみたいに。伸びて伸びて、気づいたら宙に浮いて、どこにも繋がらない。
「いつか旅行行こう」
「いつかあのお店行こう」
「いつか時間できたら」
彼の“いつか”は、優しい。忙しい現実を責めないための言葉だから。
でも、私の心は勝手にそこへ別の意味を足してしまう。
「いつか一緒に住む=結婚の前段階?」
「いつか、って言った=考えてくれてる?」
そのたびに自分で自分を焚きつけて、勝手に燃えて、勝手に消える。
今日、コンビニで缶コーヒーを買ったのも、同じだ。
会う予定がないのに“会うかもしれない”に備える。
未来に備える私は、なんだか健気に見えるかもしれないけど、たぶん、ただの不安。
「備えれば安心できる」って思い込みたい不安。
でも現実は、備えた分だけ、未来が来なかったときに寂しくなる。
こういうとき、私は自分の部屋を見回す。
一人暮らしの部屋って、私の都合だけで完成している。タオルの色も、食器の並べ方も、洗濯のタイミングも、ぜんぶ私のルール。
そこに誰かが入り込む未来を想像すると、ちょっと嬉しいのに、ちょっと怖い。
彼が来たときのために買った歯ブラシが、洗面台の端っこで静かに待っている。あれ、いつからそこにあるんだっけ。
使われる頻度は低いのに、捨てられない。捨てると、自分が負けたみたいで。
この歯ブラシが、私の中の“結婚”の象徴みたいで、今日は目に痛かった。
それでも、彼といる時間は好きだ。
駅で待ち合わせして、彼のコートの袖を見つけた瞬間の安心。
私の話を聞いて、うんうんと頷いてくれる横顔。
肩がぶつかったときに、何も言わずに距離を直してくれるところ。
そういう小さな優しさの積み重ねが、私をここまで連れてきた。
だから、なおさら、怖い。
私は、彼が結婚を考えているかどうかを知りたい。
でも同時に、知りたくない。
知ったら、この“今”が変わってしまう気がするから。
知ったら、どちらに転んでも、私は何かを決めなきゃいけない気がするから。
決めるって、痛い。選ぶって、痛い。選ばなかったものが、あとからじわじわ効いてくる。
今日の私は、そんな痛みを、先に感じてしまっている。まだ起きてもいない未来の痛みを。
情けないなって思う。
でも、情けないって思うほど、私は真剣なんだとも思う。
ここで、事実だけを並べてみる。冷静な顔をして。
・付き合って一年ちょっと
・会う頻度は週1前後
・彼は仕事が忙しい
・結婚の具体的な話は出ていない(「いつか」はある)
・彼の家族の話は時々出る
たったこれだけ。
この事実だけ見たら、まだ何も判断できない。判断する材料が足りない。
なのに私は、材料が足りないまま、勝手に料理を始めてしまう。焦げても、塩辛くなっても、自分で食べるしかないのに。
友達に相談したら、たぶん即答される。
「それ、聞きなよ」
「時間無駄にしたくないじゃん」
「次行こ次」
正しさのフルコース。
私も、友達の恋愛相談にはそう言う側かもしれない。言ったあとで、ふと自分の言葉が空っぽに感じるときがあるのに。
“正しさ”はいつだって、他人の痛みを簡単に整理する。
でも、自分の痛みは整理できない。痛いから。
今日のモヤっとした瞬間は、たぶんコンビニじゃなくて、彼の「実家行くかも」の一文でもなくて。
そのあとに私が送った返信だった。
「そっか。無理しないでね。落ち着いたらまたごはん行こ☺️」
いつも通りの、やさしい私。重くならない私。可愛げのある私。
その文を送った直後に、胸の奥で“あ、今のも我慢だ”って気づいた。
私は、我慢してることにすら気づかないフリが上手になってしまった。
その上手さが、今日の違和感だった。
本当は、もう少し踏み込みたい。
「実家って、何かあったの?」じゃなくて、
「将来の話、たまにはしたい」って言いたい。
でも、その言葉の先に“結婚”が見えるのが怖い。
私が結婚を急かす女みたいに見えるのが怖い。
彼の負担になって、距離ができるのが怖い。
ねえ、怖いって言葉、何回言えば気が済むんだろう。
怖いのに、恋をしてる。
恋って、ちょっと不公平だ。
好きになった方が、想像の範囲をどんどん広げてしまうから。
相手が見ていない未来まで、勝手に見てしまうから。
彼の中に、私との結婚のイメージはあるのかな。
もしあるなら、どんな形なんだろう。
同じ部屋で朝を迎える感じ?
親に紹介するタイミング?
指輪の話?
苗字が変わる私?
そういう“具体”が、私の頭の中だけで勝手に育っていく。
彼はきっと、今週の締切とか、上司との会話とか、明日の睡眠時間とか、そういう“具体”に追われている。
私の“具体”は、未来にいる。
同じ具体なのに、住んでる場所が違う。
今日、湯船に浸かりながら、ふと思った。
結婚を考えてくれているかどうかって、0か100かじゃないのかもしれない。
考えている日と、考えていない日があるのかもしれない。
考えているけど、言語化できない人もいるのかもしれない。
考えたいのに、余裕がなくて先延ばしにしてしまう人もいるのかもしれない。
そして私も、結婚したい日と、したくない日がある。
一人の部屋に戻るとホッとする日だってある。
だったら、彼の揺れを責める資格なんて、私にはない。
でも、責めないって決めた瞬間に、またモヤっとする。
“理解ある彼女”でいることで、私は何かを取りこぼしてない?
取りこぼしたものを、いつかまとめて拾う日は来る?
それとも、取りこぼしたまま、慣れていく?
慣れるって、優しさなのか、諦めなのか、どっちなんだろう。
この文章を書きながら、私はたぶん、答えを出したがっている。
でも、今日は出したくない。
出したら、明日からの私が変わってしまうから。
変わるのが怖い、って言ったらまた同じだね。
でも、それでも。
もし今夜、彼から「今週末、会える?」って追加で来たら、私はきっと嬉しくて、缶コーヒーを冷蔵庫にしまって、少しだけ口角が上がる。
もし来なかったら、私はたぶん、缶コーヒーを自分で飲んで、「別にいいし」って言いながら、ちょっとだけ苦い顔をする。
その程度の揺れが、今日の私の現実。
結婚の大きな話に見せかけて、たぶん、今は“会いたい”が一番近い。
会いたいのに、会いたいって言うのが怖い。
言ったら、重い?って自分で自分にツッコミを入れて、先に撤退してしまう。
私のメインブログには、もっと具体的に「どう聞けば角が立たないか」とか「話し合いのタイミング」とか、そういう現実的なこともちゃんと書こうと思ってる。
でも今日は、そこまで行けない。
今日はただ、コンビニのレジの音みたいに、胸の中で鳴っている「ピッ」を聞いていたい。
その音が消えたら、何かが終わる気がするから。
彼が結婚を考えてくれているか解らない夜は、たぶん、私が私の未来を信じ切れていない夜でもある。
答えはまだ、出せない。
出さなくていい。
ただ、明日の私がこの文章を読んだとき、少しだけ自分に優しくなれていたらいい。
そして、冷蔵庫の缶コーヒーが、まだ“誰かのため”であるうちは。





