結婚の話を切り出せないまま過ぎる4ヶ月、彼に重くならず将来を想像させる会話の余白

日曜の夜、冷蔵庫の中に半端に残った豆腐と、しなしなになりかけた小松菜を見ながら、私はスマホをテーブルに伏せたり表にしたりしていた。
エアコンは切ってあるのに部屋の空気がぬるくて、窓の外では、たぶん下の道をバイクが一台だけ走っていって、その音が思ったより長く残った。
洗いきれていないマグカップの底には、夕方に飲んだカフェラテの甘い匂いが少しだけ残っていて、部屋の散らかり方まで、なんだか「まだ途中です」という顔をしていた。
通知は来ていない。
来ていないのに、つい画面をつけてしまう。
こういうの、べつに恋愛の初期だけじゃないはずなのに、付き合って4か月くらいの時期になると、妙に自分が落ち着きのない人みたいに見えて、少し恥ずかしい。
彼とはうまくいっている、と思う。
少なくとも、会うたびに険悪になるわけでもないし、連絡が雑すぎて泣きたくなるようなことも今のところない。
友達に話せば、たぶん「順調じゃん」と言われる側なんだと思う。
なのに、順調って、どうしてこんなにぼんやりしているんだろう。
付き合って4か月。
この数字、口に出すと短い。かなり短い。
美容院の次回予約より短い気もするし、クレジットカードの明細をちゃんと見ないままにしている期間と同じくらいかもしれない。
それなのに、女のほうだけ頭の片隅で「この人と結婚するのかな」と考え始めることがあるの、あれは何なんだろう。
夢見がち、というより、年齢のせいでもなく、たぶん生活の現実がじわじわ輪郭を持ち始めるからだと思う
。体調が悪い日に来てくれるかとか、金銭感覚がズレすぎていないかとか、沈黙が苦じゃないかとか、そういう地味なことが、好きより後ろでじっと立ち上がってくる。
この前、会社の休憩室で先輩が何気なく言った。
「ちゃんと結婚を考えてる男の人って、早い人は早いよね」
ほんとうに何気ない言い方だったのに、その言葉だけが、帰りの電車の窓に映る自分の顔みたいに、ずっと離れなかった。
早い人は早い。
じゃあ、うちの彼がまだ何も言わないのは、まだその気じゃないからなんだろうか。
でも、そんなこと言い出したら、自分だって「結婚したい」と胸を張って言えるほど整理はできていない。
苗字が変わることも、住む場所が変わることも、仕事との兼ね合いも、親との距離感も、考えたら地味に面倒なことばかりで、ロマンチックな音楽の入る余地があまりない。
なのに、彼の前ではその面倒さごと話せない。重いと思われたくないから。
この「思われたくない」が、たぶんいちばん疲れる。
付き合って4か月で結婚の話って、早すぎるのかな、と検索窓に打ちかけてやめた夜がある。
たぶん本当に知りたいのは世間の平均じゃなくて、「彼の中で私はどこにいるんだろう」ということだから。
こういうとき、人はデータより態度を見ている。返信の速さとか、会う予定をどれだけ先まで自然に話せるかとか、友達の話をするときに自分をその輪の中へ入れて話すかどうかとか。
小さい。見ているところが、かなり小さい。
でも、恋愛が進むときって、案外そういう小さいところしか手がかりがない。
この前も、彼がコンビニで新しいスイーツを二つ手に取って、「これ、今度うちで一緒に食べる?」と軽く言った。
その「今度うちで」に、私は妙に反応してしまった。
今度っていつ。
うちって、どっちのうち。
一緒に、は、どのくらいの温度の一緒。
自分でも引くくらい細かく意味を拾いにいっていて、笑ってしまう。
しかもその場では普通に「いいね」と返して、帰り道に急に考え込むのだから、だいぶ面倒くさい。
たぶん、結婚を意識してもらうために必要なのって、駆け引きの上手さじゃない。
わざと引くとか、ほかの人にモテる感じを匂わせるとか、そういう器用なことは、私にはどう考えても向いていないし、やったあとで自己嫌悪になる未来が見える。
それより、自分がどんな毎日を生きたいのかを、会話の端でちゃんと置いていくことなのかもしれない。
子どもがほしいとかほしくないとか、仕事を続けたいとか、住む場所にどんな空気を求めるかとか、休日にどのくらい一人の時間が必要かとか。
そういう話を、面接みたいに詰めるんじゃなく、夜のファミレスでドリンクバーの氷が溶ける音を聞きながら話せるかどうか。
結婚そのものを迫るんじゃなくて、「私はこういう暮らしを望んでる」という輪郭を、相手の前にうっすら出しておく。
意識してもらうって、案外そのくらい静かなことなのかもしれない。
参考サイトを見ていたら、独身証明書や年収証明書みたいな現実の書類を出して活動する婚活の場では、最初から結婚への温度感が揃いやすいらしいし、実際に約4か月で成婚した人の話も載っていた。
オンラインで進められて、専任アドバイザーが伴走する形だから、恋愛の延長だけで曖昧に進むより、会話の解像度が上がるのかもしれない。
それを読んで少しだけ羨ましかった。
ああ、最初から「結婚する気があります」という札を、お互い胸の前につけて会えたら、どれだけ話が早いんだろう、と。
恋愛って自由で素敵、みたいな顔をしているけれど、自由すぎると、相手の考えていることが見えなくてしんどい。
好きなのに不安で、会えた日は嬉しいのに、帰宅してメイクを落としたあとで急に寂しくなる。
あれ、なかなか誰にも言えない。
付き合っているのに、まだ未来の席に自分の名前が書かれていない感じ。
たぶん、あの感じに名前をつけたくて、私たちは「結婚」の二文字を頭の中で何度もなぞるんだと思う。
それでも、4か月で話すのは早い、と笑う人もいる。
逆に、4か月もあれば十分、と言う人もいる。
どっちも間違っていない気がして、だから余計に落ち着かない。
期間の問題というより、相手といるときに自分が変に演じていないか、安心して弱いままでいられるか、沈黙のあとに変な気まずさが残らないか、そういうことのほうが、あとから効いてくるんじゃないかと思ったりする。
けれど、その「あとから効いてくる」を、好きの最中にちゃんと見分けるのは、案外むずかしい。
私はたぶん、彼に結婚を意識してほしいと思いながら、本当は自分のほうが「この人との未来を考えていいのか」を確かめたがっている。
相手に問いを向けるふりをして、自分の揺れを見ているだけかもしれない。
これって、慎重なんだろうか。
それとも、ただ傷つきたくないだけなんだろうか。
結婚の話は、早いか遅いかより、誰がどんな顔でその言葉を口にするかのほうが、ずっと大きいのかもしれない。
言われたいのに、こっちからは言えない。
言えないくせに、気づいてほしい。
そういう少し勝手な気持ちを、私はたぶん、今夜も誰にも見せないままにしておく。
ベランダの外に出たら、洗濯物を干し忘れたことに気づいた。
月は思ったより白くて、風だけが少しやさしかった。





