なんとなく不安な夜に、紙一枚で心が静まった理由|手書き護符に惹かれた私の話

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    誰にも言えないモヤモヤをしまえる場所が欲しくて、手書き護符を知った夜

    護符

    夜のスーパーの蛍光灯って、なんであんなに正直なんだろう。21時すぎ、冷えた床から足の裏にじわっと現実が上がってきて、かごの中の豆腐と値引きシールが私の生活を「はい、これね」って指さしてくる。今日は、うまくいかなかった。いや、正確には「うまくやろうとしたのに、途中で気持ちが折れた日」だった。

    会社のチャットで、軽い一言に見えたスタンプが、なぜか刺さった。私の案に「それ、前も言ってたよね」みたいな空気が乗っていて、笑って返せたら大人だったのに、指が止まった。返信はできた。できたけど、心が置き去りになった。帰り道、駅のホームの広告がやけに眩しくて、私は自分の影だけが薄い気がした。改札を抜けるとき、Suicaの音がいつもより乾いて聞こえた。たぶん、私の内側が乾いていた。

    そんな状態で、なぜか「手書き護符」という言葉が、頭の中でふわっと浮かんだ。

    きっかけは、昼休みにぼーっと見ていたSNSの投稿だったと思う。誰かが「手書き護符、持ったら気持ちが落ち着いた」って書いていて、コメント欄が妙にあたたかかった。スピリチュアルが好き、というより「今すぐ何かに寄りかかりたい」人たちの体温。私はそこに混ざる勇気はないのに、指先だけがスクロールを止めた。

    護符。私が知っているのは、神社でいただくお札やお守りくらい。家の神棚もないし、引っ越してからは初詣すらサボりがちだ。でも調べてみると、神社で授与される「お神札」は神棚などに祀るものとして説明されていて、たとえば神宮大麻や氏神さまのお神札の祀り方まで丁寧に書かれている。あの「ちゃんとしてる感じ」が、逆に眩しい。生活が整っている人のものに見える。

    一方で、霊符とか護符とか呪符とか、もっと個人的で、秘密めいた世界があるらしい。寺院でも「霊符」を授与しているところがあって、厳しい修法ののちに祈願して謹書する、といった説明がある。字面だけで、背筋が伸びる。

    「手書き」というところも、妙に引っかかった。印刷じゃだめで、誰かの手が入ることが大事、みたいな話。手の癖、筆のはね、墨のにじみ。そういう“同じにできない部分”に、願いが入り込むんだろうか。実際、手書きと印刷の違いとして「裏ににじみが出る」みたいな話も見かけた。

    でも、私は同時に、疑ってもいる。というか、疑うことで自分を守っている。うっかり信じて、痛い目を見たくない。自治体のサイトに「霊感商法」「開運商法」に注意、とあるのを読んだら、急に現実が戻ってきて、喉がきゅっとした。不安につけ込んで高額な祈祷やグッズを勧める事例が並んでいて、そこに私は簡単に引っかかりそうな気がした。今の私は、たぶん弱い。

    ……ここで、矛盾が出る。
    弱いからこそ、護符に惹かれる。
    弱いからこそ、護符が怖い。

    帰宅して、コートを脱いで、暖房をつけて、コンビニの袋をテーブルに置く。部屋は静かで、冷蔵庫のモーター音だけが「生きてるね」と言ってくる。私は「誰にも見せていない思考」を持て余す。たとえば今日のスタンプひとつで、私は“自分の価値”まで揺れた。そんなの、たぶん大げさ。でも、大げさな自分を、私は一人の部屋でしか抱えられない。

    護符って、結局のところ、何なんだろう。
    神社の「お神札」が神仏の加護を象徴するものだとしたら、霊符や護符は、もっと呪術的で個人的な「符号」だと説明されることもある。起源に道教の符が影響している、という話も見つかった。
    そういう「文化としての背景」は、理解できる。理解できるけど、私が惹かれているのは文化じゃない。たぶん、もっと即物的で、情けない理由だ。

    今日の私は、「安心」を買いたい。
    言い換えると、「大丈夫って言ってくれる何か」がほしい。

    それが人じゃなくて、紙でいいのか。
    紙だからいいのか。
    紙の方が、裏切らないと思ってるのか。

    私は、ちゃんとした大人になりたいふりをして、実は「守られたい」を隠している。恋愛でも仕事でも、気丈に見せるのが癖になっていて、弱音はギリギリ言わない。言わないから、外に出ない。外に出ないから、出口が見つからない。だから、護符みたいな“出口の代わり”に目がいくのかもしれない。

    ここで、ふと思い出す。引っ越しのとき、引き出しの奥から古いお守りが出てきた。大学受験のときの、ちょっと色あせた布のやつ。お願いしたのか、頼まれたのか、もう覚えていない。ただ、持っていた。それだけ。なのに手に取った瞬間、「あの頃の私」の汗の匂いがした。努力して、泣いて、たまに逃げて、それでも朝起きていた私。

    処分の仕方を調べたら、古くなった神札やお守りは年末から正月十五日頃にかけて神社に納め、お焚き上げする、という案内があった。どんど焼き、浄火。知らなかった言葉が、火の熱を連れてくる。私は「捨てる」のが怖かったんだと思う。罰が当たるとか、そういう幼い怖さ。実際は、きちんと納めて、御礼をする、という流れがあるだけなのに。

    この“捨て方まで気にする癖”が、私を護符に近づけるのか、遠ざけるのか、よく分からない。

    手書き護符を、持つ前の私が握りしめているもの

    護符

    私はたぶん、護符を「買う」以前に、「欲しいと思っている自分」を、誰にも見られたくない。

    もし手書き護符を手に入れたら、たぶん誰にも言わない。財布のポケットの奥か、スマホケースの内側か、寝る前に枕の下。人に見せない、触らせない、と書かれた売り文句を見たことがあるけど、私の場合は「見せたくない」が先にある。

    それは、信仰心というより、羞恥心に近い。自分の小ささが露呈する気がするから。私はたぶん、護符に頼る自分を「負け」だと思っている。でも、本当は負けじゃなくて、ただの「今」なのに。

    それでも、手書き護符の「手書き」に、私は少し救われそうになる。誰かが私のために、時間を使って、筆を動かす。見えないところで私の名前や願いを扱う。その行為だけで、私は「私って、扱われてもいい存在なんだ」って思える気がする。効果があるかどうかじゃなくて、扱われ方の問題。

    ただ、ここでもまた矛盾する。誰かに“扱われたい”のに、願いを言語化するのが怖い。「こうなりたい」って口にした途端に、叶わなかったときの傷が大きくなるから。私の願いって、たぶん単純じゃない。成功したい、だけでもない。愛されたい、だけでもない。たとえば「私を雑に扱わないでほしい」とか、「大事にされる側に回りたい」とか、そういう言葉になりにくいものが、胸の底に沈んでいる。

    そして、そういう沈んだ願いほど、詐欺とか、変な売り方とか、都合のいい言葉に絡め取られやすい。私が警戒しているのは、護符そのものより、護符を餌にした“説明”の方かもしれない。「あなたは今すぐ対処しないと危ない」みたいに、私の弱さを急がせる声。だから私は、惹かれながらも、一歩手前で立ち止まる。

    捨て方まで考えてしまう癖

    護符を持つ前から、私は「いつまで持つんだろう」って考えてしまう。願いが叶ったら? 叶わなかったら? 叶ったのに、気づかなかったら? そして、捨てるとき、私はちゃんと御礼が言えるのかな。

    この癖は、たぶん私の恋愛にも似ている。始まる前から、終わるときの痛みを計算してしまう。相手が優しいと、余計に怖い。優しさに慣れたら、失うのが怖い。だから、最初から浅くしておく。自分で深くしない。そうやって「傷を小さくする」技術だけが、妙に上手くなる。

    手書き護符は、私のその癖を肯定してしまうのかもしれない。「持つ」「しまう」「見せない」「返す」。手順があることは、安心でもある。でも、手順に寄りかかりすぎたら、私はまた、自分の感情を手順の外に置き去りにする気がする。

    考えてみれば、私たちは日常的に“護符っぽいもの”を持っている。好きな香りのハンドクリーム、駅の改札で流れるお気に入りの曲、あの人から来た「おつかれ」の一言。効くかどうか分からないのに、効いた気がするもの。手書き護符は、その極端な形なのかもしれない。

    私が今日感じたモヤっとした瞬間――スタンプ一個で心が沈んだこと――あれは「私は軽んじられた」と感じた痛みだったのかもしれない。でも本当に軽んじられたのか、私がそう受け取っただけなのか、判断できない。判断できないまま、気持ちだけが先に落ちていく。それを止める“何か”が欲しい。

    護符は、止めてくれるのかな。
    止めるのは私なのかな。
    止めなくてもいいのかな。

    私は今日、何かに縋りたい自分を、ずっと否定していた。でも否定しながら、検索して、ページを開いて、祀り方を読んで、修法という言葉に息をのんで、注意喚起に背中を冷やして。揺れている。それだけは確かだ。

    明日、私はまた普通の顔で出勤する。たぶん「大丈夫です」って言う。大丈夫じゃないのに。そうやって生きていけることも、ある意味では強さなのかもしれないし、ただの我慢なのかもしれない。

    護符が欲しい、というより。
    護符が欲しいと思う夜を、私は抱えている。

    カーテンの隙間から、隣の部屋のテレビの笑い声が漏れてくる。私は笑ってないのに、世界は回っている。その差に、ちょっとだけ泣きたくなる。

    それでも、明日の朝、歯を磨いて髪を整えて、いつものリップを塗る。その手順が、私にとっての小さな護符なのかもしれない。

    たぶん今夜の私は、答えより先に、紙の角みたいな小さな安心を探している。

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