頑張っているのに自信だけ増えない夜に、静かに選びたくなる通信講座

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    仕事帰りの夜、言葉が出なかった私が“こっそり学び直し”を考えた理由

    資格試験勉強

    会社の帰り、いつもより一本遅い電車に乗った。座席の端っこに滑り込んで、膝の上にバッグを置く。車内の空気は、乾いた暖房と、誰かの柔軟剤と、少しだけ疲れた息が混ざった匂い。窓に映る自分の顔が、思っていたより“仕事の顔”のままで、なんとなく目を逸らした。

    今日は、うまくいかなかった。
    大きなミスじゃない。怒られたわけでもない。だけど、じわじわと心の奥に残るタイプの失敗。会議の終盤、上司が「この件、もう少し詰めたいね」と言った瞬間、私は頷いただけで、具体的な言葉が出てこなかった。

    考えていなかったわけじゃないのに、言葉にする準備ができていなかった。喉の奥が、軽く固まる感じ。あれは、たぶん“能力”よりも“自信の残量”が足りてなかった。

    帰宅して玄関の鍵を回して、部屋の灯りをつけた。いつものワンルーム。いつもの静けさ。コートを脱いで、ヒールを放り投げたい気分なのに、投げないでそっと揃える自分もいる。こういうところだけ妙に真面目で、でも肝心なところで言葉が詰まる。なんだそれ。

    スマホを置いて、お湯を沸かした。マグカップにお茶を入れて、ソファに沈む。背中がやっと「お疲れ」と言われた気がしたのに、心の方は、まだ会社の蛍光灯の下に取り残されている。あの瞬間の「頷いただけの私」を、何度も再生してしまう。


    “できる人”のフリが上手くなっただけだった

    資格試験勉強

    社会人になってから、いろいろ覚えた。会話の間の取り方とか、メールの語尾の丸め方とか、疲れてるときの笑い方とか。やり過ごす技術は増えた。たぶん、うまくやれている日もある。けど今日は、ふと気づいてしまった。

    私は、“できるようになった”んじゃなくて、“できる人に見えるように振る舞う”のが上手くなっただけなのかもしれない。

    そう思ったら、急に恥ずかしくなった。誰に対してでもなく、自分に対して。
    昔の私は、もう少し分かりやすく焦っていた気がする。負けたくなくて、悔しくて、何かを掴みにいく感じがあった。

    今はどうだろう。焦りはあるのに、行動に繋げる前に「疲れ」を理由にしてしまう。疲れているのは本当。でも、その本当の中に、ちょっとだけ逃げが混ざっている気がして、そこが苦い。

    “特技”とか“資格”とか、そういう言葉を聞くと、なぜか胸の中がザワつく。
    私は何ができるんだろう。何が“好き”なんだろう。


    仕事はこなしてる。生活も回してる。美容だってそれなりに頑張ってる。婚活だって、気持ちが折れそうになりながら続けてる。だけど、ふいに「あなたは何者?」と聞かれたら、答えが薄い。

    今日の会議で言葉が出なかったのも、たぶん、そこに繋がっている気がする。
    “知っていること”が、ちゃんと自分の中に積もっていない。
    “わかる”が、“言える”になっていない。
    だから、あの瞬間に、頷くしかなかった。

    お茶を飲みながら、スマホを開いて、何となくアプリを眺める。目的もなく指が動く。だけど指先は正直で、吸い寄せられるように「学ぶ」とか「講座」とか、そういう言葉に近い場所をうろうろしてしまう。

    そのとき目に入ったのが、【生涯学習のユーキャン】だった。
    「資格・特技・趣味など、100以上の多彩な通信講座をご用意!」という文字。
    正直、広告みたいな文言は普段ならスルーするのに、今日はなぜか引っかかった。

    100以上、って。そんなにあるんだ。
    資格も、特技も、趣味も。
    “私の人生の空白”に差し込める選択肢が、そんなに並んでいるみたいで、少しだけ眩しかった。

    通信講座って、静かなイメージがある。誰にも見られずに、自分のペースで、こっそり積み上げる感じ。
    それって、今の私が欲しいものかもしれないと思った。
    大きく人生を変える決意じゃない。ドラマみたいな覚醒じゃない。
    ただ、今日みたいに言葉が出なかった夜に、「明日の私に、もう少し材料を残してあげる」みたいな、小さな選択。


    “学びたい”の前に、私は何を取り戻したいんだろう

    笑顔の女性

    でも、すぐに別の声が出てくる。
    「どうせ続かないんじゃない?」
    「忙しいって言い訳して、また中途半端で終わるんじゃない?」
    「資格を取ったところで、何が変わるの?」
    …この声、嫌いなのに、私の声だ。

    たぶん私は、学びたいんじゃない。
    正確には、“学びたい”もあるけど、それ以上に「自分を信じ直したい」が近い。

    昔、テスト前に机に向かったときの、あの感じ。
    自分で自分の点数を上げられる、という感覚。
    努力が、努力としてちゃんと帰ってくる感覚。
    大人になると、それが曖昧になる。頑張っても評価されない日もあるし、運の要素もあるし、何より体力が有限だ。だから私は、努力の手応えを諦めるのが上手くなった。

    でも、今日みたいな夜は思う。
    諦めるのが上手くなるって、ちょっと怖い。
    それは“ラクになる”と同時に、“何も積まない”の言い換えにもなるから。

    ユーキャンの講座って、資格だけじゃなくて、趣味や実用系もあるらしい。
    それが、逆に私を迷わせる。
    「何を選ぶ?」って問われると、途端に“自分の輪郭”が必要になるから。

    私が本当に欲しいのは、肩書き?
    それとも、集中できる時間?
    自分に「今日もやった」と言える小さな証拠?
    婚活で揺れる心を支える別の柱?
    それとも単に、焦りをごまかすための新しい道具?

    たぶん、どれも少しずつ当たっていて、どれも決定打じゃない。
    だから、答えを出し切りたくない。出した瞬間、また「正解」を探してしまう気がする。

    窓の外は真っ暗で、部屋の灯りだけがガラスに映る。
    私はスマホの画面を閉じて、少しだけ深呼吸をした。今夜すぐ何かを始めるわけじゃない。申し込むわけでもない。だけど、あの「頷いただけの私」を、未来の私が少し違う形で救える可能性があるなら、それは悪くない気がした。

    学ぶって、たぶん、前向きな人のものじゃなくて。
    うまくいかなかった夜に、自分を見捨てないための方法でもあるのかもしれない。

    明日になったら、また忙しさに流されるかもしれない。
    それでも、今日この部屋で感じた“ちいさな違和感”だけは、消さずに置いておきたい。
    答えは出ないままでいい。揺れているまま、少しだけページを開いたままで。

    ――この揺れの続きは、メインブログのほうに、もう少し丁寧に置いておきます。

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