一生ものレザーアイテムと出会う夜|革財布・本革バッグを大切に育てるセレクトショップ

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    長く使える革財布と本革バッグが見つかる|上質レザーを育てる大人のセレクトショップ

    駅前の風が、いつもより少しだけ冷たかった。


    コンビニの前に溜まった水たまりが、街灯をぼんやり映してて、なんかそれが「今日の私の気分」みたいだった。時間は20時すぎ。仕事帰りの人の流れだけはちゃんとしてるのに、私はちゃんとしてない。コートのポケットの中で、指先だけが落ち着きなく動く。

    今日は、うまくいかなかった。


    大きな失敗じゃない。怒られたわけでも、取り返しがつかないわけでもない。だけど、心の中に小さい砂みたいな違和感が残って、歩くたびに靴の中でジャリ…って鳴る感じ。

    たぶん、私が勝手に期待して、勝手に傷ついただけ。
    たぶん、相手は何も悪くない。
    たぶん、いつもみたいに流して帰ればよかった。

    でも流せなかった。今日は。

    電車の中で、ぼーっとスマホを見ていて、目に入った言葉が、やけに刺さった。
    「本物に価するレザーアイテムを厳選し、出逢いをお届けするセレクトショップ」って。

    本物、って言葉。
    私はこの言葉に、弱い。強いふりをしてるけど、実はすごく弱い。
    「本物」って、誰が決めるの?って冷めたことを思うくせに、心のどこかで「本物を選べる人になりたい」って思ってる。選べる人っていうより、選んでも許される人、みたいな。

    今日うまくいかなかったのは、仕事の内容そのものじゃなくて、たぶん空気の読み方。
    会議で、ちょっとだけ言い方を間違えた。


    あとで思い返すと「その言い方、別に言わなくてもよかったな」っていう一言が、私の中で何度も再生される。
    誰も責めてないのに、私だけが自分を責める。そういう夜ってある。

    家に帰って、玄関でブーツを脱いで、電気をつける前に少しだけ暗い部屋に立った。
    一人暮らしって、こういう瞬間に「自分しかいない」ってことが急に現実になる。


    慰めてくれる人も、叱ってくれる人もいない。
    いるのは、靴箱の上に置いた鍵と、冷蔵庫のモーター音と、今日の私のやりきれなさ。

    コートを脱いで、いつものように髪をまとめて、湯沸かしポットのスイッチを入れる。
    その“いつもの動作”が、今日はなぜか虚勢に見えた。


    私、何を整えようとしてるんだろう。
    整ったふりをして、明日の自分が困らないようにしてるだけかもしれない。

    そのままソファに沈んで、またスマホ。
    さっきの「本物」の言葉が気になって、結局そのショップのページを開いた。

    Mens Leather Store(MLS)。
    “匠の逸品を大切に届ける”“ここでしか手に入れられない出逢い”みたいな言葉が並んでいて、ちょっとだけ、ギャラリーみたいな空気がする。選ばれた職人さんたちのレザーアイテムを集めている、セレクトショップ。しかも、長く愛用できる品質とか、受注生産でロスを少なくする仕組みの話もあって、「ただの高級品」じゃなくて、時間の流れごと引き受ける感じがした。

    私は、レザーが好き。
    といっても、通ぶれるほど詳しいわけじゃない。
    でも、革って、触った瞬間に嘘をつけない感じがある。
    布みたいに“ごまかし”が効かない。傷がついたら傷のままだし、ツヤが出たらツヤの理由がある。
    それってちょっと、人間っぽい。

    今日の私も、たぶん傷がついた。
    誰にも見えないくらいの傷。
    でも、見えないからって無かったことにはならなくて、私の内側ではちゃんと痛い。

    ……って、こういうふうに言葉にし始めると、自分が面倒くさい女だなって思う。
    自分で自分を面倒だと思うのも、今日の“うまくいかなさ”の延長線上にある気がして、さらに面倒くさくなる。

    それでもページを眺めていたら、財布やバッグだけじゃなくて、スマホケースとかApple Watchのバンドとかも出てきて、「あ、こういうのなら私も距離が近い」と思った。
    レザーって、いきなり大物を買うより、毎日触るものから入るほうが、生活に馴染む。
    毎朝、スマホを手に取るときに、革の感触がある。
    それだけで、たぶんちょっとだけ自分を丁寧に扱ってる気がする。
    “気がする”だけなんだけど。そこが大事で、そこが危うい。

    革の匂いが、今日の私を刺した

    レザー製品

    今日、うまくいかなかったのは、結局「自分の価値」をどこに置くかが揺れたからだと思う。
    仕事での評価とか、言葉の選び方とか、人との距離感とか。
    そういうのって、全部つながってる。

    私はたぶん、誰かに「ちゃんとしてるね」って思われたくて、ちゃんとしてるふりをする。
    でも、ふりをしてる時点で、どこかで自分を信じてない。
    信じてないから、少しでも空気が乱れると一気に崩れる。今日みたいに。

    革のアイテムって、すごく正直で、時間をかけて育っていく。
    最初から完璧じゃなくて、使う人の癖や手の脂や、季節の湿度まで吸い込んで変わっていく。
    それって、逃げ道がない。
    だから好き、って思うのかもしれない。
    逃げ道がないほうが、諦めがつくから。

    一方で私は、逃げ道だらけだ。
    「今日はたまたま」「私の言い方が悪かっただけ」「相手が忙しかっただけ」。
    言い訳っていうより、“自分を守るための小さいドア”をいっぱい作ってる。
    そうしないと、たぶん私は自分に押しつぶされる。

    ページには、支払い方法がいろいろ対応してることとか、ギフトラッピングが無料なこととか、そういう現実的な情報もちゃんと書いてある。
    妙に安心する。
    「世界観だけの店」じゃないんだ、って。
    夢みたいな言葉があっても、その下に“配送はヤマト運輸”“在庫があれば5営業日以内に出荷”“受注生産の場合は納期を確認してね”って、地に足のついた文がある。

    この“地に足”の部分に、私は弱い。
    ふわふわした憧れだけじゃなくて、ちゃんと現実に届くっていうこと。
    届くまでの時間も含めて、受け止める覚悟がいるっていうこと。

    今日の私は、覚悟が足りなかった。
    だから傷ついた。
    そう言い切るのも、また乱暴なんだけど。

    『本物』って言葉に、置いていかれる夜

    レザー製品

    「本物」って、たぶん“値段”だけの話じゃない。
    もちろん、素材や作りの良さはある。
    でもそれ以上に、「長く使う」って決めることが、本物に近いんじゃないかと思う。
    選ぶ時点で、すでに未来が混ざってる。

    私は、未来を決めるのが苦手だ。
    先のことを考えると、途端に怖くなる。
    婚活もそう。仕事のキャリアもそう。貯金もそう。


    「こうなりたい」って言いながら、「もし違ったらどうしよう」って同時に思う。
    だから、いつも“仮置き”のまま生きてる気がする。
    仮置きの服、仮置きの言葉、仮置きの私。

    だけど革は、仮置きが似合わない。
    “育つ”って、仮じゃない。
    毎日触って、毎日少しずつ変わって、気づいたら自分の一部になってる。
    それが怖い。
    でも、ちょっと羨ましい。

    今日、会議で言い方を間違えた私。
    もしあの瞬間、もっと落ち着いて、もっと自分の言葉を信じられていたら、違ったのかな。
    でも落ち着くって、どうやって手に入れるんだろう。


    自信って、どこで買えるんだろう。
    (ほんとは買えないって知ってる。だから、こんなことを考えてる。)

    ショップのページを見ながら、私は自分の手を見た。
    爪は短く切ってある。手荒れは少し。ハンドクリームは塗ったばかりなのに、指先が乾く。


    この手で、何を掴みたいんだろう。
    今日の私が掴んだのは、たぶん「自分の失敗」だけだった。

    革のアイテムを持つと、生活の所作が少し変わる。
    財布を雑に放らないようにするとか、鞄を床に直置きしないとか、そういう小さなこと。


    それって、アイテムが偉いというより、持つ人が「ちゃんとしたい」って思うから起こる変化で。
    私は今、その「ちゃんとしたい」が空回りしてる。

    ……じゃあ、今日は買わないほうがいいのかもしれない。
    勢いで買ったら、明日の私はまた「私にはまだ早かった」って拗ねるかもしれない。
    でも、だからといって、いつまでも“まだ早い”を続けてたら、ずっと何も変わらない。

    どっちなんだろうね。
    私は今日、答えを出せない。
    出したくないのかもしれない。
    答えを出した瞬間に、「じゃあ、今の私は何者?」って突きつけられそうで怖い。

    ふと、ギフトラッピング無料って文字がまた目に入る。
    誰かへの贈り物。


    私、誰かに贈ることが、最近ちょっと怖い。
    相手に喜んでほしい気持ちはあるのに、喜ばれなかったら自分が否定された気がするから。
    だから贈り物って、本当は“相手のため”だけじゃなくて、“自分の覚悟”の表明なんだと思う。
    私は今日、その覚悟が揺れてる。

    それでも、ページを閉じないまま、しばらく指を止めた。
    買うか買わないかじゃなくて、今夜の私に必要なのは、たぶん「ちゃんと迷うこと」なのかもしれない。
    迷わずに選ぶふりをして、あとで自分を責めるの、もう疲れた。
    迷っていい。揺れていい。
    今日の私は、たぶんその許可が欲しかった。

    最後に、ひとつだけ思った。
    本物って、たぶん“選んだ瞬間”じゃなくて、選んだあとにしか分からない。


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