嫉妬って、恋の敵じゃなくて「手のひらの火傷」みたいなものだった

今朝の空は、冬の青というより、薄いガラスみたいに白っぽくて、ベランダに出たら空気がやけに軽くて、肺の奥まで「すーっ」と入ってくる感じがしました。
部屋はまだ暖まりきっていなくて、足元だけが冷えて、私はマグカップの温かさで指先をちょっとだけ復活させながら、スマホを何気なく開きました。
通知がひとつ。
好きな人からのメッセージじゃなくて、SNSの「おすすめ」みたいな、どうでもいいはずのやつ。なのに、なぜかそこから、今日の私の心の水面が、じわっと揺れ始めてしまったんですよね。
たぶん、恋愛って本当は楽しいはずで、ちょっと照れくさくて、幸せの方向に向かっていくものなのに、嫉妬が混じると、その幸せがいきなり「痛いもの」になってしまう。しかも、痛いのは相手じゃなくて、自分だけがずっと刺されてるみたいに。
今日は、私が「嫉妬が辛い」「嫉妬したときどうしたらいいの?」って相談を受けるたび、うまく言えなかったことを、うまく言えないまま書いてみようと思います。
結論をきれいに出すつもりはなくて、ただ、今日の私が今日の私のまま、嫉妬と一緒に座ってみた、みたいな話です。
小さな出来事は、ほんとに些細な「いいね」だった
今日の出来事は、笑っちゃうくらい小さいです。
好きな人が、ある女の子の投稿に「いいね」を押していました。しかも相手は、彼の仕事関係っぽい雰囲気の人で、写真の雰囲気もちゃんとしてて、コメント欄も明るい。
ここでね、普通なら「へぇ、いいね押したんだ」って、それで終わるはずなんです。
でも私は、終わらなかった。終わらせられなかった。
胸の奥に、小さくて熱い針みたいなものが立った感じがして、息を吸うたびに、それが少しずつ奥へ入っていくみたいな感覚がありました。
そしてすぐに、頭の中で勝手なストーリーが始まってしまう。
「この子と仲いいのかな」
「私より会ってるのかな」
「私が知らない彼を知ってるのかな」
たぶんこれ、嫉妬っていうより“妄想の連鎖”なんですよね。わかってるのに止まらないやつ。
ここで今日の私がやってしまったのは、冷蔵庫を開けて、何か食べるわけでもないのに、ぼーっと中を見て、また閉めて、またスマホを見て、また冷蔵庫を開ける、という謎のループ。
一人暮らしの部屋って、誰にも見られてない分、こういう「心が挙動不審な瞬間」がそのまま全部、部屋に残る気がします。
誰にも言わなかった本音は、これです。
「私が彼を好きでいることが、恥ずかしい」って思ってしまった。
嫉妬って、相手を責めたくなる感情みたいに見えるけど、私の場合はまず、自分に向かうんですよね。
「こんなことで動揺してるの、情けない」
「重い女みたいで嫌だ」
「好きになるって、弱くなることなの?」
そうやって自分を小さく折りたたんで、見えないところに隠したくなる。
たぶん読んでるあなたも、こういう瞬間、ある。
“相手が悪いわけじゃないのに、勝手に心が荒れて、でもその荒れた心を見られたくなくて、ひとりで必死に平静を装う”みたいなとき。
嫉妬の正体は「怒り」じゃなくて、もっとみっともない何か
嫉妬って、怒りの顔をしてることが多いです。
「なんで?」とか「ありえない」とか「やめてよ」とか、言葉だけを見ると強い。
でも、私が今日感じたのは怒りというより、もっとみっともない感情でした。
それは、置いていかれる怖さとか、知らない場所に彼がいる寂しさとか、そういうもの。
そしてそれが、私の中で一番恥ずかしい形で出てきた。
たとえば「その子の投稿」を見てしまったあと、私はその子のプロフィールまで開いてしまって、そこからまた他の投稿を見て、過去の写真まで見て、勝手に比較して、勝手に負けた気になって、勝手に疲れる。
これって、ほんとに、ほんとに、時間の無駄なんです。
でも、手が止まらない。
この行動を、私はこれまであまりちゃんと書いてこなかった気がします。
だって、かっこ悪いから。
一人暮らしで誰も見てない部屋で、スマホの光だけで顔が青白くなって、知らない誰かの投稿をスクロールして、自分の心を傷つけてるって、かなり残念な絵面だから。
でも今日、ふと気づいたんです。
嫉妬の辛さって、その嫉妬そのものよりも、嫉妬したあとに自分にする扱いで倍増してるんじゃないかって。
嫉妬が出てきた瞬間、私はすぐ自分を責めました。
「こんな自分、嫌だ」
「大人なのに」
「余裕がない」
そうやって、嫉妬に“追い打ち”をかけていた。
嫉妬って、たぶん火傷に似てる。
熱いって気づいた瞬間に、慌ててこすったり、強く握りしめたりすると、余計に痛くなる。
触れ方を間違えると、どんどん悪化する。
今日だけの小さな気づきは「私は安心の証拠を欲しがってた」ってこと
しばらくして、私は一回スマホを伏せました。
そのとき部屋の静けさが急に耳に入って、エアコンの音と、遠くの車の走る音と、自分の呼吸だけが残って、なんだか恥ずかしくなりました。
嫉妬してる自分が恥ずかしい、じゃなくて、
「安心したい」って思ってる自分が、恥ずかしいんです。
恋愛って、安心したいじゃないですか。
「私は大切にされてる」って、確かめたいじゃないですか。
でもそれを口に出すのって、弱さみたいに感じてしまうことがある。
今日の私は、彼が誰かにいいねしたことに傷ついたというより、
「私はその程度のことで不安になるくらい、安心が足りてない」って事実に触れてしまったのが苦しかったのかもしれません。
そして、ここが今日のささやかな変化です。
私は「嫉妬を消す」じゃなくて、嫉妬が出てきたときの自分の扱いを変えることを、少しだけ意識してみました。
まず、心の中でこう言いました。
「うん、今、痛いね」
「不安なんだね」
「それでいいよ」
自分に対して、めちゃくちゃ甘い言葉をかけるというより、
ただ、事実をちゃんと認める感じ。
嫉妬を“なかったこと”にしない。
そして次に、私はスマホのメモに、超どうでもいい一文を書きました。
「私は安心したい」
たったそれだけ。
それを書いた瞬間、嫉妬が消えたわけじゃないんです。
でも、嫉妬の形が変わった。
「相手を責める方向」じゃなくて、「自分の望みを知る方向」に、ほんの少しだけ向きが変わった。
嫉妬って、嫌な感情として処理されがちだけど、
実はそこに「私はこうしてほしい」が隠れていることがある。
それを見つけると、嫉妬は少しだけ、扱いやすくなる。
「嫉妬しない女」になりたいんじゃなくて、「嫉妬した私」を放置しないだけ

嫉妬って、なくならないと思います。
たぶん私の中では、ずっと出てくる。
人を好きになるって、相手が自分の外側にいるってことだから、コントロールできないことが増えるし、見えないものが増えるし、その分だけ心が揺れる。
だから「嫉妬しない私になろう」とすると、苦しくなる。
できない自分をまた責めて、さらに苦しくなる。
今日の私は、それよりも、
嫉妬が出てきたときに、その場にちゃんと立ち止まることを選びました。
スマホで相手の周りを探偵みたいに調べる前に、
「今、何が痛い?」って自分に聞く。
それだけで、完璧じゃないけど、少しだけマシになる。
たぶん、読者のあなたも、ここが一番つらいんですよね。
嫉妬した瞬間よりも、嫉妬した自分を嫌いになる瞬間が。
私は今日、ちょっとだけ思いました。
嫉妬って、恋愛の敵じゃなくて、
「安心したい」「大切にされたい」「ちゃんと見てほしい」っていう、
自分の願いの裏返しなのかもしれないって。
もちろん、だからといって、嫉妬に振り回されていいわけじゃないし、相手にぶつけていいわけでもない。
でも、嫉妬が出てきた自分を、冷たく放置するのも違う気がしたんです。
恋愛って、幸せなはずなのに、どうしてこんなに心が痛くなるんだろうって、ふと立ち止まる夜があります。
今日の私がそうでした。
あなたは最近、どんな場面で嫉妬が顔を出しましたか。
そのとき本当は、何が欲しかったんでしょうね。






