誰にも気を遣わなくていい夜に選んだ、一人温泉と心がほどけた帰り道の話

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    目次

    うまくいかなかった日に、誰にも言わず一人で温泉へ行ったら少し楽になった理由

    温泉一人女子旅

    湯気の向こうに、言い訳が溶けていく日

    昼と夜の境目みたいな時間に、最寄り駅のホームで立っていた。冬の空気って、やけに正直だ。肺の奥まで冷たさが入ってきて、「今日の私は元気です」って顔ができない。改札の前でいったん立ち止まって、スマホを握りしめたまま、帰宅のルートじゃない矢印を見つめた。誰にも言ってないけど、今日はうまくいかなかった。

    仕事のチャットに返す一文が、最後まで決まらなかった。返事を急ぐほど、言葉が硬くなる。硬い言葉は相手を守るみたいで、自分も守ってくれると思ってた。でも実際は、うっすら刺さる。送信したあと、手のひらがじんわり汗ばんで、「別に怒ってないよ」みたいな顔をしながら、内側だけが小さく荒れていた。

    帰り道、コンビニの明るさに吸い寄せられそうになって、でも今日は違うところに行きたかった。自分を甘やかすとかじゃなくて、ただ、いったん手放したかった。思考の、ぐるぐるする部分。誰に説明もしないまま抱えてる感情の、あの重さ。

    だから私は、一人で温泉に行った。日帰りで行ける距離の、ちょっと古いけど評判のいいところ。行きの電車で「一人って寂しくないの?」みたいな問いが頭をよぎって、すぐに打ち消した。寂しいとかじゃない。ただ今日は、誰かのペースに合わせたくなかった。誰かと一緒だと、楽しいふりをする癖が出る。楽しいふりは上手なのに、帰り道で急に空っぽになる。あれが、嫌だった。

    受付を済ませて、ロッカーの鍵を手首に通す。脱衣所の空気は乾いていて、独特の洗剤の匂いがした。鏡の前で髪をまとめながら、「このまま何も考えずにいけますように」と願うのに、願った瞬間から考えが生まれてしまうのがおかしい。

    浴場の扉を開けると、湯気がふわっと顔に触れた。視界が少し白くなるだけで、頭の中のノイズも薄まる気がする。…気がするだけ、かもしれない。でも、そういう“気がする”を頼ってしまう日がある。

    まずはかけ湯。体にお湯をかけて、温度に慣らす。マナーというより、自分の皮膚に「急がなくていいよ」って言ってあげるみたいだった。洗い場で髪と体を洗う。泡を流す音が規則的で、なぜか少し安心した。フェイスタオルは湯船に入れないって、どこかで読んだことがある。だから私はタオルを頭に乗せて、そっと湯船へ入った。湯の熱が、足首から膝、腰へと上がってくる。心臓が「えっ」と驚いて、すぐに「まあ、そうだよね」と落ち着く。お湯って、身体の言い分を通訳するのが上手い。

    隣の人が、ため息のように肩を落として湯に沈んだ。会話はない。視線も交わらない。なのに、妙に親密だ。ここでは誰も、私の“できてる感じ”を見なくていい。私はただ、湯に浸かっている人でしかない。それが、すごく楽だった。

    でもね、完全に楽になれたかというと、そうでもない。湯船の端に座ってぼーっとしていると、さっき送ったチャットの文面がふいに浮かぶ。「あの言い方、きつかったかな」「もっと柔らかくできたかも」。反省って、湯気の中でもしぶとい。湯が熱いほど、思考が鮮明になる時がある。おかしいよね。リラックスしに来てるのに、頭が仕事に戻っていく。

    それでも、少しだけ変化があった。湯に浸かって三分くらいで、一度出る。ベンチに座って呼吸を整える。次にまた湯に戻る。そうやって短く入っては休むのがいい、とどこかの温泉の案内で見た。真面目だなって自分で思う。だけど、真面目にやる“型”があると、心が勝手に落ち着くこともある。三分と休憩を繰り返すうちに、私の中の反省が「今日はこれくらいにしとく?」って、少しだけ引いていった。

    露天に出ると、外の冷気が肌を刺した。空は暗くて、木の枝が黒い線みたいに揺れていた。湯の表面に夜が映って、波紋が広がるたびに景色がほどける。私はその波紋を眺めながら、自分の中の“うまくいかなかったこと”も、こんなふうに形を変えられたらいいのにと思った。

    それから、ふと気づく。私が今日モヤっとしたのは、ミスをしたからじゃなくて、ミスをした自分を守るために、誰かを遠ざけたからかもしれない。反省より先に「私は悪くない」って壁を立てた。その壁が、相手じゃなくて、自分に当たっていた。壁って、外側だけじゃなく内側も傷つけるんだ。

    ……と、ここまで書くと、まるで綺麗に学んだみたいだけど、実際はそんなに整ってない。露天の端で、私はちょっと泣きそうになった。泣きたい理由が、よくわからなかった。ただ、身体が温かくなると、感情が出やすくなる気がする。温泉には一回の入浴でもリラックス指標が下がる、みたいな話もあるらしいけど、私のこの感じは“科学”というより、“単純に緩んだ”ってことなのかもしれない。緩むと、隠してたものが顔を出す。

    湯上がりの自分に、名前をつけない

    温泉一人女子旅

    のぼせないように、いったん上がる。脱衣所に戻ると、床が少し冷たくて、さっきまでの湯気が嘘みたいに乾いた空気が頬を撫でた。髪から落ちる水滴が、ロッカーの前で小さく音を立てる。ドライヤーの風を当てながら、鏡の中の顔をじっと見る。頬が赤い。目も少し潤んでる。これを“癒された顔”って呼んでもいいのかもしれないけど、私はまだ、その言葉を使いたくなかった。

    湯上がりって、無敵な気分になることがある。肌が柔らかくなって、呼吸が深くなる。だけど今日の私は、無敵じゃなくて、ただ“丸くなった”だけだった。角が取れたというより、角を握る力が弱まった。すると、角の存在に気づく。ああ、私、結構ずっと尖ってたんだなって。

    売店で瓶の牛乳を買うか迷って、結局買わなかった。なんとなく。別に節約とかじゃなくて、今日は“ご褒美の形”を決めたくなかった。こういう時に、すぐ「私、頑張ったから」って証明したくなる癖がある。温泉に来たことすら、頑張りの証拠にしてしまいそうで怖かった。休むことまで成果にしないで、と自分に言ってみたかった。

    ロビーの椅子に座って、ぼーっと天井の照明を見る。まわりには家族連れやカップルがいて、楽しそうにしている。そこに混じっても、私は別に惨めじゃなかった。むしろ、誰にも合わせなくていいことが、静かな自由だった。

    でも、自由って、時々、さみしさと同じ顔をする。帰りの電車の時間を調べるためにスマホを開いた瞬間、通知が目に入って、心がまた少し硬くなった。浴場や脱衣所でスマホを出さないのがマナー、っていうのは知ってる。盗撮とか疑われないためでもあるし、場の空気を守るためでもある。私はそのルールに助けられてたんだな、とここで思う。スマホを見ない時間が、私を守ってくれていた。

    「整う」って、きっとこういうことじゃない

    温泉一人女子旅

    最近、“整う”って言葉が簡単に流れてくる。サウナでも、温泉でも。あの言葉の気持ちよさはわかる。整ったって言えたら、全部が良くなったみたいに見えるから。

    でも今日の私は、整ってない。まだ少し、ざらざらしてる。湯に入ったことで何かが解決したわけじゃない。むしろ、見ないふりしていたモヤが、輪郭を持っただけ。輪郭を持つと、対処しなきゃって焦る。でも対処するには、私はまだ疲れてる。

    それでも、温泉で一つだけ確かだったのは、“体が温かいと、心がやさしくなる瞬間がある”ってこと。自分に対しても、他人に対しても。湯船で思った「壁が自分に当たってた」って気づきが、たぶん今日は正しい。明日になったら、また違うかもしれない。でも、今日の私は今日の私でいい。

    帰り道、夜のコンビニの前を通った。いつものように吸い込まれそうになったけど、今日は通り過ぎられた。何かを我慢したわけじゃない。単に、今の私は“甘いもの”より“静けさ”が欲しかった。こういう選択ができる日が増えたらいいな、と思う。増えたらいいな、って願いはするけど、増やす努力はしたくない。努力を始めると、きっとまた角が立つから。

    部屋に帰って、カーテンを閉めて、電気を少し暗くする。湯上がりの体はまだぽかぽかしていて、いつもより眠気が早い。環境省の調査で“新・湯治”が睡眠の質に寄与する可能性、みたいなことが書かれていたのをどこかで見たけど、今日の私の眠気は、たぶんそれ以前の話だ。今日の私は、ただ、疲れていた。温泉は、その疲れを責めない場所だった。

    布団に入って、天井を見上げる。今日の“うまくいかなかったこと”は、まだ消えない。だけど、消えないまま眠ってもいい気がした。解決しないまま寝るのって、昔はすごく怖かったのに。

    明日になったら、また「ちゃんとしなきゃ」って思うかもしれない。今日みたいに、逃げるように温泉へ行く余裕はないかもしれない。だけど、あの湯気の向こうに、私の言い訳が少し溶けていく感じだけは、覚えていたい。

    “私、今日、ひとりで温泉に行った”――その事実だけを、そっとポケットに入れて眠る。

    そして、ひとつだけ問いが残る。

    私は“回復”したかったのか、それとも“許されたかった”のか。
    誰に? 何に? たぶん、いちばん許してほしかったのは、私自身なのに。

    答えはまだ出ない。出さなくていい気もする。
    湯船の中でほどけたものが、また明日、少し固くなるかもしれない。
    それでも、固くなる前のやわらかさを、一度でも知ってしまったことが、
    今日の私の、いちばん小さな救いだった。

    窓の外で遠くの車が走る音がして、私はその音にだけ、ゆっくり耳を預けた。

    明日も、湯気の匂いを思い出せますように。

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