寒波より冷たかったのはニュースの数字だった|朝のコーヒーと政治の話が結びついた日

朝、カーテンを少しだけ開けたら、空がいつもより白っぽくて、部屋の中の静けさまで冷えて見えた。
エアコンの風が当たるところだけが生き返って、そこから外れた足先は、相変わらず冬にいじめられている。
コーヒーを淹れながらスマホを開くと、今日のニュースは「寒波」「雪」「路面凍結」みたいな言葉が先に目に入ってきて、天気アプリの数字がいつもより警告っぽい。関東でも雪がちらついていて、箱根ではうっすら積もっている、みたいな話も出ていた。
でも、その次に流れてきたのは“お金”のニュースだった。
首相が国会を解散して、2月8日に総選挙をやる、っていう話。 さらに、減税や歳出の話とセットで、国債が売られて金利が上がった、みたいな記事が並んでいて、数字が急にこちらへ歩いてくる感じがした。
雪は見える。寒さもわかる。
でも「金利」って、私の暮らしのどこに触れているのか、触れているはずなのに、触れている場所がうまく掴めない。そんな“わからなさ”が、今日はやけに冷たかった。
雪より先に、財布がひやっとした瞬間
今日実際に起きた小さな出来事は、ほんとに小さい。
コンビニで公共料金を払おうとして、レジの前で「支払い方法」の画面をいじっていたら、銀行アプリの通知がふっと出てきた。内容は、「金利の動き」だとか「市場が荒れている」だとか、たぶんそういう系のやつで、正直、私は普段なら秒でスワイプして消す。
だけど今日は、消せなかった。
というより、消したら“何かから逃げた”みたいな気分になりそうで、指が止まった。
そこで浮かんだ、誰にも言わなかった本音はこれ。
「私、こういうニュースを“わからない”って言うのが、ちょっと恥ずかしい」
この年齢で、ひとり暮らしで、将来のことも考えてる(つもり)で、NISAとかiDeCoとか、周りが当たり前みたいに話している単語があるのに、私は“天気の雪”みたいに体感できない話になると、途端に黙る。
レジ横の肉まんの湯気がやさしいのに、私の頭の中は、数字の冷気で凍る。
ニュースでは、首相が2月8日の選挙に向けて、食料品への税の扱いを見直す話や、支出を増やす話を掲げている、とも言っていた。 それが市場に“借金が増えるかも”って不安を呼んで、国債が売られて金利が上がった、という流れも。
で、私は思う。
「その“流れ”の最後にいるの、たぶん私の生活だよね?」って。
でも、その“最後”が、家賃なのか、物価なのか、給料なのか、老後なのか、どれもありそうで、どれもぼんやりしている。ぼんやりしているのに、怖さだけはやたら鮮明。
ここ、わかる…って思う人、いるはず。
ニュースって、情報なのに、たまに“置いていかれる感覚”だけを連れてくる日がある。
いちばん刺さったのは、政治じゃなくて“数字の空気”

選挙の話って、いつもどこか遠いはずなのに、今日はやけに近かった。
たぶん理由は、「政策」そのものより、「それが市場を揺らす」→「金利が動く」→「円が弱い」みたいな、見えない連鎖を“正しく理解できない私”が、急に浮き彫りになったからだと思う。
ニュースでは、国債の急な売りが起きて、政府や日銀が対応すべきだ、みたいな声も出ていた。
その文章を読んだ瞬間、私はなぜか「怒り」じゃなくて、「縮こまり」を感じた。
強い言葉が並ぶほど、自分が蚊帳の外にいる感じが増す。
しかも今日は寒波で、現実の外も冷えている。関東で雪が舞いやすくて路面凍結に注意、なんて読めば読むほど、私は“今日の足元”の心配に引っ張られる。
足元は見えるのに、未来の足元は見えない。
この落差が、しんどい。
さらに今朝は、青森県東方沖で最大震度3の地震があった、という情報も流れていた。
雪、地震、選挙、金利。
「今日、世界が“ちゃんと不安”だな」って、ひとりごとのように思った。
私が今日やった、ちいさすぎる“抵抗”の形
いつもなら私は、こういうときに“いい感じの学び”を探してしまう。
「備えよう」とか「情報を取ろう」とか、言葉だけは整ったやつ。だけど今日は、そこに逃げたくなかった。
だから、帰宅してからやったことは、たったこれだけ。
ノートの端っこに、質問を3つ書いただけ。
- 金利が上がると、私の暮らしの何が変わる?
- 円安って、どのタイミングで“私の買い物”に来る?
- 選挙って、結局なにを見て決めればいい?
たった3行。
偉くもないし、急に賢くなったわけでもない。
でも、今日の私にはこれが精一杯の“抵抗”だった。
わからないものを、わからないまま放置しない。
すぐ理解できなくても、せめて「わからない」と言語化して、机の上に置く。
それだけで、ニュースが“私を置いていく速度”がほんの少し遅くなる気がした。
気づいた「ささやかな変化」や「違和感」は、たぶんここ。
私はこれまで、わからない話に触れると、恥ずかしさをごまかすためにスワイプで消していた。
でも今日は、消さずに、立ち止まった。
立ち止まった結果、安心したわけじゃない。むしろ、少し心細い。
だけど、心細さって、たまに“考える入口”になるんだな、とも思った。
最後に、余韻を残す一文を置いて終わりたい。
雪の日って、外に出るのが面倒で、でも出たら出たで空気がきれいで、帰り道に自分の吐く息が白いのを見て、ちょっとだけ現実を認めるみたいな気持ちになる。
今日のニュースも、たぶんそれに似ていた。
ねえ、あなたは最近、ニュースを見て「わからない」って思ったとき、どんなふうに自分を扱ってる?





